金曜日の夜。連休前ということでお邸(やしき)に『プチ帰省』である。
わたしとアツマくんはお邸までの道を歩く。
夜空を見ながら、
「アツマくん。あなたは連休中にどんなことしたい?」
「ベッドで寝転びながら積んでた漫画雑誌を消化」
……あのねえ。
「連休を前にして消極的になり過ぎじゃないの。カラダを動かしてリフレッシュするって考えは浮かばないの!?」
すると彼が突如立ち止まって、わたしに顔を向けてきて、
「邸(いえ)の庭でバドミントンでもしたいってか」
「ど、どーしてわたしのしたいことが読めるのっ?」
「普段おまえとふたり暮らしだから」
そう言ったあとで彼の表情がほぐれていき、
「気が変わった。バドミントンの相手をしてほしいんなら、幾らでも引き受ける」
× × ×
時刻は21時を過ぎようとする頃。
わたしの右斜め前のソファにはアツマくん、左斜め前のソファにはあすかちゃん。
リビングで兄妹が向かい合っているというわけだ。
「あすかちゃん。昨日アツマくんと会って食事して、どうだった?」
「優柔不断かつ聞き分けがありませんでした」
「あのなあー。妹よ、即座に兄を否定するか」
「アツマくんは黙ってて」
「そーだよ、おねーさんの言う通りだよ。あと、わたしはお兄ちゃんを否定してるわけじゃないから。『批判』してるの」
頼りないお兄さんは舌打ち。
プイ、と眼を背ける。
アツマくんなのに、なんだか可愛い。
ここであすかちゃんが、
「ねーねー、おにいちゃーん」
「……なんぞ」
「批判と同時に、妹として、わたしは優しくしてあげたいんだからさー」
ピクッ、という反応があるのをわたしは見逃さなかった。
あすかちゃんは続けざまに、
「昨日はできなかった『趣味のお話』がしたいんだよ」
やや目線を戻したアツマくんが、
「趣味ってどんな趣味だよ」
「音楽」
「音楽ぅ?」
「音楽だよ」
「それは、おまえが最近どんなミュージシャンを聴いているだとか?」
「そゆこと」
あすかちゃんはニコニコと、
「わたしの中で、本格的にチャットモンチーブームが起きてるんだよ」
「へぇ。例によって2000年代J-ROCK大好きっ子なんだな」
「それもわたしの個性でしょ」
「……分かるが」
「チャットモンチーのファーストアルバムの『耳鳴り』に「ウィークエンドのまぼろし」って名曲があるんだけど」
「知ってるが」
「某山陰地方のAM局のお昼の某長寿番組で流れたらしくって」
「は?? おまえ話をどんな方向に持っていきたいんだ」
「わたしは、「ウィークエンドのまぼろし」みたいなアルバム曲が『音楽の風車(かざぐるま)』みたいな番組でかかるのって珍しいよね、って言いたかったの」
眼をさかんにパチクリさせるアツマくん。
無理もない。
だけど、わたし的には兄妹のこういったやり取りがすこぶる面白い。
「それでお兄ちゃんは最近なに聴いてるの」
「どんなバンドのどんなアルバム聴いたか、とか答えりゃいいんか」
「まさに」
「んー」
上目づかいで少しばかり考えたあとで、
「ドゥービー・ブラザーズを聴いたな」
あすかちゃんは瞬く間にビックリ仰天して、
「兄貴にそんな趣味嗜好があったの!?」
「そういうリアクションするんじゃありません、あすかっ」
謎の勢いと口調で妹をたしなめるアツマくん。
これは不可解。
だが彼は勢いに乗って話を続けて、
「『キャプテン・アンド・ミー』ってアルバムを聴いたな」
「……代表作だよね。「ロング・トレイン・ランニン」とかが収録されてる」
「よく知ってんな、優秀な妹だ」
「わたしの音楽的教養舐めないでよ。けど、なんでまたドゥービー・ブラザーズなの。70年代ロックの中でも、ドゥービー・ブラザーズみたいなスタイルを好むなんて……」
「意外か」
「お兄ちゃんの音楽的趣味嗜好も案外繊細なんだね」
「もっと分かりやすく言ってくれや」
「イヤだ」
今度はあすかちゃんのほうが眼を背けてしまう。
顔がこっち側を向いているから、あすかちゃんの赤面顔がバッチリ見える。
たのしい……!!