「会津先輩」
「ん? なんだ本宮(もとみや)」
「出ませんか?」
「出る? 外にか?」
「はい」
「取材で?」
「そうです。わたしと一緒に取材をしてください」
「珍しいご指名だな」
「そんなこと言わないでくださいよっ!」
「せ、迫って来なくても」
「会津先輩の腕を引っ張りたい気分です」
「なぜに!?」
× × ×
実際には引っ張らなかった。
どうしても連れ出したかったのは、本心。
ヒナ先輩やソラ先輩が来ないほうが、都合が良かった。
だから、ふたりだけで活動教室の外に出ることに固執して、
「ヒナ先輩とソラ先輩は、記事を書くことに集中してください」
と念押しした。
女子のカンだろうか、何事か覚(さと)ったように、3年女子コンビのふたりはわたしの要望をすんなりと受け容れ、共に首を縦に振った。
――で、今わたしと会津先輩は、第1体育館のそばに来ている。
「文化祭当日は、音楽フェス的なものをこの中で開催するそうです」
「ああ、毎年この中でライブ演奏してるよな」
「ご存知だったんですね」
「え? 知らないほうが不自然じゃないか? ボクはこの学校に3年間も通ってるし……」
敢えて耳を貸さず、第1体育館の入り口のほうへ近寄っていく。
鼻歌を歌いながら、入り口ドアに接近する。
鼻歌が耳に届いたらしく、
「それはなんの歌だ、本宮」
と先輩が訊いてくるから、
「『marble』ってアーティストの、『水彩キャンディー』って曲です。10年以上前の曲だし、ご存知ありませんよね」
「ない」
「やっぱり」
「……アニメソング?」
「わあ先輩すごい、カンが冴えわたってる」
わざーとらしいリアクションを敢えてする。
「会津先輩の冴えわたるカンを分けてもらいたい気分」
「ど、どうしたんだ本宮よ。君の今日のテンションはなんだかおかしくないか」
「ありません。」
「……」
「ありませんから」
身長が170センチを超えているわたし。
わたしより身長が少し高いだけの会津先輩にぐんぐんと歩み寄って、眼の前に立ち、両手を両方の腰に当てて、
「カンが冴えわたってるのはいいんですけど、わたしが先輩に要求したいのは積極性であって」
「積極性……」
「そーです。体育館の中ではフェスの設営とかしてるはず。中に入って、スタッフの生徒にインタビューしてみませんか?」
少したじろぎの彼に、
「インタビュアーは会津先輩で」
と言い、
「わたしは『見守り役』でいいんで」
と言う。
「『見守り役』って……なに」
困惑の声の彼に対し、容赦なしに、
「先輩から積極性を引き出すためには、わたしがモブキャラみたいな存在になるしかないじゃないですか」
「も、もう少し分かりやすく」
「ヤダ」
「本宮ッ!?」
憐れみの微笑みで、
「じょーだんですよ、先輩。」
× × ×
会津先輩は、メモ帳にビッシリと書き込んで、メモ帳を黒くさせた。
やればできる先輩だ。
でも、
「――案外字が汚いんですよね? 先輩って」
『うぐっ』と言わんばかりの先輩は、
「認めざるを得ないか。中学時代、書道の成績が足を引っ張って、通知表の国語の評価が下がったりした」
「わたしと逆だ。書道の成績のおかげで、通知表の国語の評価が上がって。そのおかげで、この学校に入れたようなものです」
「ホントウか?」
「ハイ」
先輩の横で完成途上の立て看板を眺めているわたしは、
「ここからは、ずっと本音で話したいんですけど」
と言い、
「よろしいですか?」
と、押す。
無言の会津先輩。
「ちょっとちょっと、意思表示意思表示」
押し続けるわたし。
しかし、コトバを喉に溜め込んでいるような感じの彼。
肩が張って緊張している感じがある。
彼は今、なにを思ってるんだろう?
女子の第六感を働かせ、彼の横顔を見ていく。
数分ほど、そうしていた。
突風のような強い風がやって来て、わたしはわたしのスカートを右手で押さえた。
『頃合いだ』と思い、スカートの側面を右手でぱん! と叩き、
「自分勝手な認識だと思うんですけど」
と前置きしてから、
「ソラ先輩と、とっても仲が良くありません?? 2学期になってからの会津先輩」
横目の視線をわたしに向ける先輩の顔がうろたえていた。
「まるで、夏の終わりに、お互いの間に、なにかビッグイベントが起こったみたいに。例えば、8月終わりの夏祭り。わたしも居ましたし、ヒナ先輩もオンちゃんも、スポーツ新聞部のメンバーは全員居ましたけど」
いったん息継ぎしてから、
「会津先輩とソラ先輩が『消えてた』時間帯がありましたよね」
と、攻めて行く。
「まあ答えづらいのなら、なんにも答えてくれなくって良いんですが」
コトバを切り、背中にジワリと冷や汗をかいていると思われる会津先輩に向かって、
「ただ、これだけは言わせてください。ヒナ先輩、ですけどね。ヒナ先輩、あのお祭りのとき……花火を観ていながら、哀しげな表情をしてたんですよ?」
固まる会津先輩。
強く彼の顔を見るわたし。
「これはわたしの持論に過ぎませんが」
と、また前置きをして、
「ラブコメディ漫画やラブコメディアニメは、主人公の男の子がちゃんと『決断』してくれないと、どうしようもない作品になっちゃうんです」
と、ズバッと告げてみる。
「たしかに、漫画やアニメと現実は違います。だけど、重なる面だって存在するんですよ」