日曜の朝。ノートPCの画面に中村創介(なかむら そうすけ)が現れた。
「やあおはよう、マオ」
「おはよー、ソースケ」
画面上のソースケの顔を眺め、
「朝から調子良さそうだね。日曜日だから?」
「ずばり。土曜と日曜は、寝覚めが良く、起床時刻も早い」
「それ絶対に日本中央競馬会がカンケーしてるでしょ」
「おー。ずばりだよマオ」
まったく……。
呆れるしかない。
「あんたも相当の穀潰し競馬ファンよねえ」
「穀潰しとはなんだ穀潰しとはー。原稿料が軍資金なんだぞ? 自分で稼いだ金が軍資金なんだよ」
とある方面からスカウトされ、現役大学生にして九州地方のタウン雑誌でコラム執筆を任されるようになったソースケ。
「わかったわかった。『穀潰し』は冗談が入ってるから」
「優しいな、マオも」
優しいに決まってんでしょ。
あんたとわたし、どんな間柄だと思ってんの。
……でも、『優しい』って言われると、嬉しい、かも。やっぱり。
「お~~い、なんか喋ってくれよ」
ソースケが呼んでいる。
呼ばれたので、
「げげっ、おまえがなぜ今日のメインレースのことを」
「ソースケ。リアクションが下品だよ」
「アッすまん」
「――分かってよ、少しは」
「なにを?」
「あんたの趣味は理解してあげたい。あんたの話についていきたい。そういうキモチがあるんだから」
「なるほど。それでメインレースのことをインプットしたわけだな」
「そーよ」
「来週は久々にG1レースがあるが。なにステークスか分かるか」
「ごおっ、即答」
「ば、バカソースケっ、『ごおっ』って。リアクションが斬新過ぎ!!」
「そうかなあ」
「そんなにリアクションに変化を付けたがらなくたって……」
「マオ~。横を向かないでくれや」
向くよ!
× × ×
くたびれた。
くたびれたけど、うれしかった。
くたびれたけど、たのしかった。
× × ×
さて。
実家のお店の開店も近くなってきたので、ジーンズに履き替え、階下(した)に行き、エプロンを纏(まと)う。
× × ×
日曜の町中華は賑わう。
11時台・12時台と沢山のお客さんを捌く。
13時を過ぎても、入り口ドアの鈴がしきりに鳴り響く。
フジテレビの競馬中継まで1時間前といったところで、ようやく一息つける。
お客さんがテーブルに置きっぱなしにした某スポーツ紙を回収したあとで、厨房の父と母の眼を盗んで、競馬面を覗き込もうとする。
ソースケの神戸新聞杯の本命馬にはぜんぜん印がついていない。
ソースケの「推しの子」の不人気を確認して満足し、スポーツ紙を元の場所に置きに行く。
そのときだった。
鈴がカランカラン、と鳴った。
お昼のラストオーダー間際の入店客。
それがなんと、高校時代のサッカー部後輩のハルだったのである。
× × ×
「お久(ひさ)ですね、マオさん」
「……お久だね」
と言って、とりあえずお冷やを置くけど、
「あんた独りだけで来るって、どゆこと? アカ子ちゃんはなんで連れて来なかったの」
あんたの彼女なのに。
「おれだけで来たかったんです」
「だからっ、その理由っ」
「すみません。今は言えません」
キッパリと言われた。
言われてしまった。
『毅然』という2文字が当てはまるような態度。
あやしい。
というより、おかしい。
いつものハルとちょっと違う。
変。
異変のハルに戸惑って、
『アカ子ちゃんとケンカしちゃったんじゃないの?』
みたいな問いも投げかけられない。
「注文いいですか?」
「う、うん」
ハルは即座に、
「ラーメンを」
と。
「え?? ラーメンだけでいいの、ギョーザとかチャーハンとかいらないの」
「はい。いらないです。普通盛りでお願いします」
「なぜに……」
思わず、ラーメンだけ注文する理由を訊こうとしてしまう。
「このお店のラーメンを食べると、ホッとするんですよ」
ホッとする?
「スープはいつもあったかいですし」
「スープがあったかいのは当たり前でしょ?」
「当たり前じゃないこともあるんです」
どうしてか、ハルはさらに姿勢を正し、
「最近、スープがぬるかったり、麺が最初っから伸びてたりするラーメンを食べることが積み重なったので」
そう言ったかと思うと、顔面に微笑みをたたえて、
「その点、このお店は――『笹島飯店(ささしまはんてん)』は、抜かりがないので」
× × ×
千円札をハルが出す。
レジからお釣りを出そうとしたら、
「お釣り、もらわなくてもいいですよ?」
ええぇ……。
「な、なにを言うのかな。なんかハルらしくないかも、そういう態度は」
「申し訳ないです」
「ほ、ほら、そういうコトバづかいも、あんたらしくないし」
「マオさん」
礼儀正しさをどこまでも持続させてハルは、
「ごちそうさまでした」
と言い、なおかつ、
「ありがとうございました」
と言ってくるのだった。
……なんで「ありがとうございました」を付け加えたのかな。
疑問だらけ。