【愛の◯◯】普段着の悪いクセ

 

お店の準備中を見計らって、福岡のソースケとビデオ通話する。

ソースケ、「金曜の午後はヒマ」って言ってたけど、

さぼってんじゃないでしょうね。

わたしはさぼらずがんばってるよ。

PCの画面越しだけど、わたしの姿を見て見習ってほしい――、

といっても、いまは休憩中なんだけどな。

労働してる姿を見せるわけでもなし。

普段着のわたしを、見せるだけ。

普段着のわたしを、見せたいだけ。

 

× × ×

 

『やあマオ、元気そうでなによりだ』

「あたりまえでしょ?」

『顔色がいい』

「リアクションに困るんですけど」

『や、おれは心配なんだよ』

「なにが」

『風邪とかひいたら大変だから』

「お互いさまでしょ。ソースケのほうが風邪ひいたら大変だよ。わたしは実家暮らしだけど、ソースケはひとり暮らしなんだから」

『おれは大丈夫だ。タフなんだ』

「根拠ない」

『スポーツ新聞部で鍛えたからな~』

「それは根拠じゃないっ」

『それにさ』

急にあらたまったような口調になって、

おまえが、いるから

 

「どういう意味よ……」

 

画面越しでも、おまえがいるから。おまえとつながってる、って思えば、ひとり暮らしだって、なにが起きても、乗り切っていける

 

正面切って、

こんなこと言われたのは、

たぶん、初めてで。

 

「き、金曜の昼間から、なに言ってんの、あんた。こっ、告白、みたいな」

 

『悪いかぁ?』

 

「わたしこのあと労働なんだよ。集中できなくなっちゃうじゃない」

 

『そんなにあわてんなよぉ』

「あわてる!」

『――だよな。すまんかった、悪かった』

「――ありがとう」

 

× × ×

 

ソースケといえば。

ジャパンカップ、観たよ」

『お~観てくれたか』

「先週はお客さんのあいだでも話題になってたし」

『そりゃ、なるわな』

「フジテレビで観てたんだけど、外国の白い馬がなかなかゲートに入ってくれなかったじゃない?」

『ウェイトゥパリスな』

「そう、その馬……いつまでも入んなくって、中継が終わるまでにスタートしないんじゃないかって思ったよ」

『おかげで、地上波ではルメールのインタビューに間に合わなかった』

ルメールっていう騎手のひと、毎週勝ってない?」

『ほぼ毎週インタビューに出てるな』

「フランスが地元…なんだっけ」

『そうだよ』

「でも日本でずっと乗ってるんだよね」

『おっと、そこを説明したら文字数が足りなくなってしまう』

「急に文字数言わないっ」

『はい』

「わたしはアーモンドアイを応援してたよ」

『ほう』

「引退レースだし、勝ってほしかった。で、勝ってくれた」

『コントレイルがさ』

「コントレイルが?」

『アーモンドアイとやるの、最初で最後だし、負けてしまったら、二度と勝てない相手だったからさ……負けてしまって、やるせなかった』

「それはデアリングタクトも同じだったじゃん」

『あ、そうだった』

「そんなにコントレイルしか眼中になかったの? コントレイル推しなの、あんた」

『おれはマカヒキ推しだ』

「……コメントしづらいんですけど。」

『んー、でもアーモンドアイ『だけ』には、コントレイル、負けてほしくなかったかなー』

「コントレイルにはまだ先があるじゃん。無敗のまま、ってのもつまんないし」

『マオは競馬のことよくわかってるな』

「ソースケのほうが100倍よくわかってるでしょ」

『無敗のままじゃつまらない、とか、なかなか素人には言えないぞ』

「素人じゃなくなったのなら、あんたのせいだよ」

『ま、ほどほどに、だな』

「ソースケが言うなっ」

 

まったく……。

 

「ねぇこの際だから約束して」

『約束?』

 

とぼけるなっ。

 

競馬法を守るって、約束して」

『そりゃ、言われなくたって』

「ガマンできる?」

『……』

「もう少しの辛抱でしょっっ」

『……ステイヤーズステークスの推しは……』

だまんなさい

 

× × ×

 

「しょうがないったらありゃしない。茶番みたいなことで文字数を消費しちゃったじゃない」

『あっ、マオも文字数って言った』

と・に・か・く!

『そんなモニターに近づかなくとも』

「年末年始は……」

有馬記念

「バカ! そうじゃない!!

 年末年始は……絶対、東京に帰ってきてね」

『なんだそんなことか』

「フィクションだから、言えることだけど……帰省してよね、とにかく」

『用意周到だな』

「強調してもし過ぎないほどだもん、このブログがフィクションであることは」

ジャパンカップはフィクション違うだろ』

「…うるさいっ」

『微妙な線だよな』

 

ムシャクシャして、

怒鳴りつけるように、画面越しのソースケに向かって、

「……会いたいから!!」

 

フィクションとかノンフィクションとかは捨て置いて、

ただ、想いをぶつけるだけ。

「さみしいんだよ……わかってよ」

 

『画面越しだと……満たされないか』

「そうだよ、そうに決まってるでしょっ」

『マオ』

真面目な顔で、ソースケが言う。

『ガマンできるか? おれが来るまで』

「あんたより忍耐力はあるよ。がんばれるから、わたし」

『応援してるぞ』

火照(ほて)る、わたしの気持ち。

火照りついでに、

「あんたにこの部屋に来てほしい」

『帰省したら?』

「したら。あんたと一緒にいたい。一緒にゆっくり過ごしたい」

『部屋はきれいにしとくんだぞ』

「いまのままでじゅうぶんきれいだから」

ビデオ通話なんだし、見せられないような部屋にするわけないでしょ。

散らかしてないし、なにも不都合なものは映ってないはず。

なのに、ソースケは、詰めが甘いなあ……とでも言いたそうな表情をしてくるのだ。

「……汚くないでしょ? わたしの部屋」

『及第点。だが……』

なに、なんなの、ソースケ。

『……ジーパンをハンガーにかけないのは、感心しないなぁ』

 

「…………それぐらい大目に見てよ。知ってるでしょ? わたしのクセ」

 

ジーパンは、不都合なものに入らないと思ってた、わたしが甘かった。

 

「脱ぎ散らかしてるわけじゃないから。ベッドに置いてるだけだから」

必死に言い訳するわたしに、

『そこらへんがなぜか大雑把なんだよな、おまえは』

 

大雑把で悪かったね。

ほんと、わたしのこと、よく理解(わか)ってるんだから……。

 

ジーパンのクセのことを言われたのが、くやしくって、

なおさら、ソースケに会いたくなる。