仕事がひと段落して、自分の部屋に戻る。
戻るなり、ソースケに電話をかける。
「もしもし」
『よぉマオ』
「……ちゃんと、起きてた? 土曜だからって、昼まで寝てたりとか……」
『まさか』
「ほんとぉ??」
『疑うな』
「……信じてるけど、疑うから」
『なんじゃいそりゃ。矛盾なことを』
あー、もうっ。
ベッドに、仰向けになりながら、
「矛盾だってどうだっていいでしょっ」
ソースケの笑い声が聞こえてくる。
わたしは思わず、寝返りを打つ。
「笑わないでっ」
『…マオ』
「なによっ」
『…面白いな、おまえ』
「お、おもしろいのは、あんたのほうでしょっ」
× × ×
それから、ソースケの大学生活の話になる。
壁新聞サークルを作ったこととか、
壁新聞の内容が基本カオスだとか、
相当カオスで過激な壁新聞を掲示してるはずなのに、『当局』から怒られたことは一度もないとか、そんな話。
どうやらソースケ、あっちでも、福岡でも――友だちができたみたいで、そこは少し、安心。
「ひとりぼっちじゃないんだね、ソースケ」
『ああ。仲間を作った』
「そういう才能が、あるのかな」
『あるかぁ??』
「……あんたが、気づいてないだけかもよ」
『……へへっ』
「ところで――」
『なんだ? 日曜の、日本ダービーのことか!?』
「どうしてそんなにカンがいいわけ!?」
『や、だって、そろそろ、ダービー関連の話題、振られるのかなー、って』
あっちのテンションが2段階も3段階も上がってるのを敏感に感じ取る。
「……4月、5月と、日曜の午後3時に競馬中継を観るのが、習慣化してきちゃって」
『うお~』
「……絶対、あんたのせいだよ」
『うおぉ~っ』
「なに勝手にひとりで盛り上がってんのっ」
『だって、ダービーだし。明日だぞ? 明日』
「そうだけど」
『いよいよクライマックスだ。中央競馬の、1年間の、『総決算』だ』
「――5月末なのに、総決算?」
『橋口弘次郎って知ってるか?』
「知らないよ。いきなり言われたって」
『元・調教師でな。ワンアンドオンリーって馬で、ダービーを勝ったわけだが』
「それで?」
『『わたしの1年はダービーに始まり、ダービーに終わる』という名言を残してるんだ』
「へえ」
『つまり、ダービーを中心に、競馬界は回ってるんだな。季節がそうやって、一回転していくんだ』
『お、おいっ!! 唐突に話ぶった切るな』
「2番人気?」
『…おそらく』
「わたし、この馬応援する」
『8枠16番だけどな』
「知ってるよ。いま、スポーツ新聞手もとに持ってきてるし」
『逆に、断然人気のエフフォーリアは、1枠1番』
「だね。ダービーだと1枠有利なんだってね」
『そうは、『言われている』なぁ』
「…違うの?」
『フッフッフ』
「フッフッフ、じゃないよ。エフフォーリア、1着しかとってないじゃん。4戦無敗でしょ? 皐月賞圧勝したのもわたし観てたし、そういう馬が1枠1番ってことは、『鬼に金棒』みたいなもんじゃないの」
『どうかねぇ。1枠1番の馬が1番人気になって、8枠の馬が勝った年もあるし』
「ソースケ……『穴党』?」
『……あのな、マオ』
「ん…」
『1番人気のエフフォーリアは、関東馬。そしておまえ推しのサトノレイナスはおそらく2番人気で、これも関東馬だ』
「それがどうかしたの」
『中央競馬って……基本、西高東低(せいこうとうてい)なんだよな。今回、関東馬に人気は偏(かたよ)り気味。おれにはそこがどーも、クエスチョンマークなんだ』
「…関西馬ねらい、ってわけ?」
『シャフリヤールとかな。
皐月賞上がり最速のヨーホーレイクも魅力だ。
重要ステップの京都新聞杯を勝ったレッドジェネシスは、血統面も強調できる』
「……みんな、ディープインパクト産駒じゃん」
『お?? よく勉強してんな、マオ』
「いや勉強とかじゃないし。新聞にちゃんと書いてあるし」
『それでも、たいしたもんだ、その共通点に気づけたのは』
「ディープの子どもってさ……G1に、うじゃうじゃ出てくるよね」
『そういうもんだよ。最近ではキズナ産駒もよくがんばってる』
「サトノレイナスも、ディープっ子なのね。ディープって、すごいんだね」
『あたり前田幸治だろっ』
「……ダジャレなの?? ソースケ」
「――ふぅっ。なんだかわたしまで、競馬熱く語っちゃった気分だよ」
『おれは楽しかったぞー』
「なら、よかったんだけど」
…ふと、スポーツ新聞のダービー特集を眺めたところ、
エフフォーリアの騎手に関する記述が眼に留まり、
「ねえソースケ。横山武史くんって、若いのね」
『若いよ~』
「22歳だって」
『そーなのさ。エフフォーリアで勝てば、戦後最年少のダービージョッキーだ』
「――そんなにうまく、いくのかな」
『マオがそう思うのはわかる』
『そりゃそうだ』
「――なんだけど、」
『おっ?』
「横山武史くんが……重圧に打ち勝って、エフフォーリアを1着に導けたら、ロマンじゃん。シンデレラボーイってやつ? 古臭いけど」
『ロマン――か。』
「ソースケもさ、」
『…』
「横山武史くんと、あんまり歳が変わんないんだからさ、」
『…』
「見習わなきゃ、ダメだよ。」
『…どこを。どうやって』
「G1、勝とうよ」
『難解なたとえかたを……G1勝つ、って、いったい、なんのたとえで言ってるんかいな』
「ソースケは…25歳までに、G1が勝てるって、わたし…信じてるよ」
『……お~い、マオさ~ん???』
「変なこと言ってないし、わたし」
『おいおいっ』