【愛の◯◯】浴衣! 野球! 読書!

 

中華風肉野菜炒めがメインの夕飯を食べた。

例によって食後のコーヒーを飲みながら、

「それにしても、一昨日の夏祭りは面白かったわね~」

とわたしは言う。

正面のアツマくんが右手で頬杖をつきながら、

「また祭りの話かよ」

と言ってくる。

食傷気味なの?

まったくー。

「愛さん、キミの『夏祭りレポート』はもうウンザリなんですけどね。いったい昨日何時間レポートを聞かされたことか……」

「興奮冷めやらないってことよ。分かりなさいよ」

「興奮で火照り過ぎだろ」

あのねーっ。

「アツマくんも仕事サボってお祭りに来たら良かったのに。それぐらい面白かったんだから!」

「あ、アホか!! サボれるわけ無いだろ」

「かたいわね」

「……」

「あなたはまだ若いんだから、もっと柔軟性を――」

「アホ。おまえはもっと若いじゃねーかよ」

「まーた『アホ』って言った」

「悪いか」

「わるい」

「……。『柔軟性』だとか、イマイチ言ってる意味が分からん。なんのどんな柔軟性だよ」

「教えてあげない」

「なんで」

「あなたが2回も『アホ』って言ったから」

「おい!!」

しょうがないんだから。

しょーがないし、しょーもないアツマくんねぇ。

わたしは椅子から立ち上がる。

その場から動かず、アツマくんの顔面をジッと見る。

「な……なんぞ、愛よ」

椅子の背もたれに右手で触れつつ、

「惜しいことしたわよねー、あなたも。中日ドラゴンズの投手がノーヒットノーラン逃すぐらい、もったいなかったんだから」

アツマくんの眉間が困惑している。

「お祭り、浴衣着て行ったんだけど」

と言って、それから、わざとらしく、

「あなた、仕事をサボらなかったから、わたしの浴衣姿を見逃した――」

案外に初心(ウブ)な彼は目線を逸らし、

「べ、べつに、浴衣姿じゃなくてもいいし、愛は」

と言い、

「浴衣じゃなくったって、『見てくれ』はパーフェクトなんだし……」

と言う。

「嬉しいこと言ってくれるわね。世界でいちばんわたしが美人だって思ってくれてるのね?」

「そ、そこまで言ってねぇだろ!?」

ふふん。

「ふふふん♫」

「なんだ、その余裕しゃくしゃくの笑みは」

「わたしの浴衣姿以外にも、一昨日のお祭り、いろんな見所があったんだからあ」

「……たとえば」

わたしは、敢えて、

おしえな~~い

と。

「お、教えろよ。昨日聞かされたのに加えて、いったいどんな出来事が……」

「簡単には教えたくないの」

「ななっ」

「ふふふ♫」

「た、性質(タチ)が悪過ぎる」

ふふふふん♫

 

× × ×

 

「ま、お祭りのことは今日はこれぐらいでいいでしょう」

「やっとおまえの不可解なハイテンションから解放されるのか」

「あら、あなたの言い回しもずいぶん不可解よ?」

「うるさいな」

席を立ちかけるアツマくんだったのだが、

「もうちょっと座っててよ。もうちょっと話を聴いて」

と、引き留める。

「次はどんな話題なんだよ。あんまり引き延ばされるの、おれはイヤだぞ」

構うことなく、

「最近ね、わたしね、『横浜DeNAベイスターズ広島東洋カープ』について、よく考えてるのよ」

その場に崩れ落ちそうなリアクションをする彼。

お願いだから、転んだりはしないでよね。

まったくまったく。

リアクションが派手過ぎなアツマくんを追い込みたい気持ちもあって、

「わたしはベイスターズの公式戦の感想を、対戦相手の各球団ごとに書き留めていて」

と言って、

「対カープ用のノートは、表は青色だけど、裏は赤色なの」

と言う。

呆れっぱなしの彼は、

「そういや……そういうノートをおまえが丸テーブルに広げてるところを、見たことがあったかも」

「試合ノートを球団別にしておくと、感想を読み返したい試合が探しやすいでしょ?」

「……どうかね、果たして」

「探しやすいのよっ。だれがなんと言おうと」

ここで、「ちょっとノート持ってくるわね」と告げ、リビングのほうに移動し、わたし専用の棚から『対・広島戦ノート』を抜き出し、ダイニングテーブルに戻ってくる。

それからノートをパラパラめくって、

「佐々岡政権って、なんだったのかしらね」

ヒトリゴトのごとき呟きを。

そしたら彼が、

「愛、おまえってさ」

「なあに」

「他球団の人間に対しては、厳しいよな」

「自然の成り行きじゃない?」

佐々岡真司カープの生え抜きだったけど」

「けど?」

「たとえばさ、ベイスターズから出ていった選手のことは、どうなんだ? やっぱり出ていったら、厳しくなるんか?」

「あなたはベイスターズからどれだけ人が出ていったと思ってるの」

「それはそうだけど。具体的な選手名を挙げると……古い例だとは思うけど、村田修一に対して、とか」

「ホントにひと昔前の例ね」

「なぜニコッと笑うかな」

「ひと昔前の例に過ぎないからよ」

「じゃあ、村田修一に関しては、わだかまり無く、モヤモヤしてないと?」

――わたしは意図的にダイニングテーブル上の置き時計を見て、

「あららー、21時の『読書タイム』が近づいてるじゃないのー」

「む、村田修一に関する見解はどこ行った」

「保留よ」

「なぜに!?」

「『読書タイム』になるから」

 

× × ×

 

リビングのカーペットに移動。

本棚の下のほうから文庫本を抜き出すわたしに、

「今日はなに読むん?」

とアツマくんが。

「ルソーの『人間不平等起源論』」と答えてあげるわたし。

だが、

「なーんか、おまえにしてはマジメだな」

と、彼……!

「あなたって、NGワードの博覧会みたいね」

「は!?!? 気持ち悪いぐらいヒドい喩えだな」

「仕方ないでしょ」

「ちっ……」

「マジメ云々よりもっ。――わたしが、ジャン・ジャック・ルソーを読まないような人間に見える?!」

「……ノーコメントだ」

「はぐらかした」

「はぐらかしてねーよ」

「素直になれないのね」

「ばーか」

「罵倒してるヒマあったら、本を選んでよ。あなたが読む本をっ」

夏目漱石

「の?」

「『夢十夜』にしようとも思ったが。やっぱやめて、『私の個人主義』」

えええ~~っ。

「あなた、自己矛盾してるわね!? 『私の個人主義』って、ルソーなんかより100万倍マジメよ!?」

「なーにが自己矛盾じゃ」と、『私の個人主義』を抜き取り、カーペットに腰を下ろす。

……微笑ましい背中だこと。