リビングで本を読んでいた。
そしたら、向こうから愛ちゃんがやって来た。
「あっ、流(ながる)さんだ」
そう言ったかと思うと、急速にぼくの座るソファに接近してくる。
少し緊張する。
「なに読んでるんですか?」
興味津々な表情だ……。
「た、たいしたものじゃないよ、うん」
「ホントですかあ!?」
「なあんだ」
「……」
「たいしたこと、ありありじゃないですか~」
「そ、そうかな」
「あとどのくらいで読み終わりますか?」
「もう終盤だと思うよ」
「だったら」
ぼくのほうに身を乗り出すがごときテンションで、
「読み終わったら、バドミントンしましょうよ、庭で」
「え、どうして……?」
「読書後の運動」
「バドミントンできるぐらい広いっけ、庭」
「なーに言ってるんですか!! 3年くらい前、わたし、流さんとバドミントンしたんですよ!? 憶えていらっしゃらない!?」
……彼女のテンションは高すぎる感があるけれど、
「なにがなんでも、シャトルが打ちたいみたいだね」
と、付き合ってあげることにする。
× × ×
庭に出たのはいいのだが。
愛ちゃん、バドミントン……強すぎる。
× × ×
くたびれてしまった。
もう若くないんだろうか。
加齢による身体能力の劣化。
愛ちゃんの技量の高さと、無尽蔵なスタミナ。
ふたたび邸(やしき)の中に引き上げるとき、
「愛ちゃん、きみ……バドミントンに特化してたら、オリンピックで表彰台に上がれてたと思うよ」
と言ってしまう。
「ご冗談を」
「アツマも、同じことを言うと思うな」
「え、え、」
一気に焦り気味になって、
「どうして……いきなり、アツマくんを引き合いに」
「ぼくよりも、きみのことを、よく知ってる男子だろう?」
立ち止まる愛ちゃん。
1分間は俯(うつむ)いていた。
しかし、やにわに、
「流さんは、今日は飛び石連休だから、有給を取ったんですよね」
と呟くように言ってくる。
穏やかに、
「バドミントンと有給は関係ないよね」
と言うのだが、
「せっかくの有給休暇なんでしょ!? わたし、流さんのために、オリンピック級のお昼ごはんを作ってあげますよ」
いや、オリンピック級とは。
まあいいか。
× × ×
食後。
「もしきみがお料理に特化してたら、三ツ星の料理人になってたんだろうなあ」
「……どうして、さっきと同じような言い回しを」
苦笑いしつつ、
「『愛ちゃんが◯◯に特化してたら構文』かな」
「そ、そんな構文、無いですっ」
逃げるようにコンロの方角を向き、腰を浮かせる。
しかし、
「慌ててコーヒーのお湯を沸かさなくたって」
と引き留めて、
「もうちょっと、ぼくの話、聴いてくれないか」
と言う。
無言で座り直す彼女。
真顔で見てくる。
綺麗な真顔だ……じゃなくって。
「ぼくはね、『愛ちゃんはなんでも出来るし、なんにでも成れるんだよ』って言いたいの」
「……ひとことで言えるじゃないですか、そんなことだったら。『構文』なんて使わなくても」
「まあまあ」
黙(もだ)す彼女に、
「きみに、自信をつけてあげたい」
「自信?」
「もういくつ寝ると、アツマとふたり暮らしの始まりだろう? ふたり暮らしはふたり暮らしなりに大変だと思うから、自信をつけておくに越したことは無い。だから、きみのスゴいところを、どんどん教えてあげたいのさ。スポーツの才能にしても、料理の才能にしても」
まだ、口をつぐんでいる。
ぼくの発言に対して、素直になれないのだ。
6年半も一緒に暮らしてきているから……彼女の素直じゃない面ぐらい、把握している。
ぼくは言う。
「そんなふうに、可愛らしい態度を取っちゃうところも……きみの美点だよ」
ガバァ、と立ち上がってしまう愛ちゃん。
恥ずかしいからだ。
コンロからやかんを取ってきて、水を入れる。
それから、
「ヘンなこと、言わないでください」
と言って、ぼくに背を向け、キッチンの窓を眺め始める。
照れくさいからだ――。