【愛の◯◯】愛のムチ、空回って

 

「ちょっと、アツマくん!!!

 洗濯物、取り込んで畳んでって、わたし言ってたわよね!?

 なんでやってないの!?」

 

「あ、忘れてた」

 

「……『あ、忘れてた』じゃ、ないわよっ!!!」

 

「怒ってんのか? 愛」

 

「怒るに決まってんでしょっ!?!?

 いますぐどうにかしてよっ、洗濯物……!」

 

渋々、といった感じで、

アツマくんは動き始める。

 

その、だらしなさが……、

許せなくなる。

 

許せなくなって、

 

「ねぇ、アツマくん」

と呼び止める。

 

「あなた、また洗面所の水、出しっぱにしてたよね」

「それが、なにか?」

 

とぼけんじゃないわよ。

 

「どうしてあなたは学習しないわけ!? わたしやあすかちゃんが何回言ったって、洗面所の水を出しっぱにするじゃないの」

「……」

 

わたしはついに言う、

 

――あなたのためを思って言ってるのよ?

 

こころを鬼にして、

『愛のムチ』を振るうしかないと思い、

 

「何度だって言うわ。わたし、あなたのためを思って、こうやって注意してるの。

 あなたが社会に出ても立派にやっていけるように。

 …ほら、3年なんだし、じきに就職活動のシーズンがやってきちゃうでしょう?

 あっという間に、就活になっちゃうでしょう?

 立派な社会人としてやっていくためには、まず普段の生活をきちんとしていくところから――」

 

「――くどい」

 

は!?!?

 

「くどいし、年下のおまえに、就活がどうこうとか言われる筋合いなんてない」

 

「す、筋合いあるよ――、わたしが怒らなかったら、だれが怒るのかって話なんだし。

 ……怒るというより、叱ってるんだよ? わたし。

 アツマくん、あなたのためを思って叱ってるのっ。

 たしかにくどいのかもしれないけど――わかってよ。わかってもらわないと、困る」

 

「はいはい」

 

わたしに背中を向けて、

 

「…言われたとおりにするから。洗濯物は」

 

わたしは……ほんとうに、彼のためを思って、

 

「きちんとしないと。きちんとしないと……ホントで、大変なことになっちゃうよ」

 

「……」

 

「ね? ――アツマくん」

 

最後は優しさを込めた口調で言った。

 

アツマくんの背中が離れていく。

 

どれだけわたしの『愛のムチ』が伝わったのか、それがわからず――不気味な気持ちすら抱いた。

 

× × ×

 

そしてその日アツマくんは――、

 

夕食のテーブルに現れなかった。

 

部屋に引きこもって、

わたしの作った夕飯を、拒絶したのだ。

 

× × ×

 

「アツマも強情すぎるところがあるなあ」

 

「流さん……」

 

「――落ち込んでる?」

 

「……はい。」

 

「愛ちゃんは、なんにも悪いことしてない。まず、自分を、責めないことだ。――いいね」

 

「わかってますけど。

 ――わたし、腹が立つより……悲しくって」

 

ソファ半分だけ距離をあけて流さんは座り、

「だれかのためを思って、あえて厳しいことを言うひとの気持ちを、もちろんぼくは否定しない。

 その『だれか』が、大切なひとだったら、なおさら……。

 だけど、

 だけど、良かれと思って言ったこと、本人のためになると思って言ったはずのことが……『逆効果』になることだって、ときにはある」

 

わたしはさらにうつむく…。

 

「アツマの側(がわ)に立ってるわけじゃないよ。

 でも、

 そういうこともあるってこと、

 厳しくすることが愛情だ、と信じて疑っていなかったとしても……うまくいかないことだってあるっていうことも、

 きみには、知ってほしい――というよりも、こころの片隅にでも、留めておいてほしいかな。

 …これが、ぼくの思うことだ」

 

 

沈み込んだまま、

「ごめんなさい。流さん、納得できない、わたし。流さんの言うことに納得できない」

 

――いまの流さんの表情は、どんなふうになっているだろう。

『納得できないのも、無理もないか』

そう思ってる表情、かな……。

 

わたしが納得できないのは変わらない。

流さんに対してもそうだし、

アツマくんに、対しても……。

 

だから。

きょうは、

納得できないことだらけ、だから。

 

 

――勢いをつけて、立ち上がる。

 

「流さん――あきらめきれません。わたし。」

 

「なにを、かな」

 

「――アツマくんの部屋のドア叩いて、彼と和解してきます。

 このままあしたになるなんてありえない。

 わかりあえないまま、あしたになるなんて」

 

「――そっか。」

 

「彼が、どう出てくるかは、わかんないけど。」

 

「もうちょっとだけ――アツマに、厳しくなる、つもりかい?」

 

「……凹(へこ)まない程度に。」

 

「愛ちゃんなら、できるよ。

 仲直り。

 愛ちゃんなら……というより、

 ふたりなら」

 

「――はいっ。」