放課後。
部活は始まったばかり。
ヒナちゃんが、ニコニコ♫と、カバンから、ビスケットの箱を取り出す。
袋を開けて、ビスケットをつまむ。
ルンルン気分でビスケットを食べようとするヒナちゃん。
しかし、彼女のとなりの席に着席していた会津くんが、
「――日高、ビスケットなんて食べるのか?」
「え、ダメ?」
「太るぞ」
あちゃ~っ。
それはいけないよ、会津くん。
ヒナちゃんのデリケートな部分を、突っつくひとこと。
そんなこと言ったら、女の子、だれだって傷つく。
「あ、あ、あたし、べつに太ってなんかないし」
「そんなことは言ってない」
「じゃ、じゃあなんで、『太るぞ』なんて――」
「間食は単純に太りやすいだろ?」
ビスケットどころではなく、会津くんを睨(にら)み始めて、
「――無神経だよ」
と怒り出すヒナちゃん。
「……どこが、無神経なの?」
と抵抗。
「無神経ったら無神経なのっ!」
わめくようにヒナちゃんは言う。
「そんなに会津くんが無神経だなんて思わなかったよ。ガッカリ」
会津くんは、苦い表情になりながら、
「そこまで、罵倒される筋合いは……」
「ある」
「……」
「あるからっ」
ムキになりまくってるヒナちゃん。
勢いに負けたのか――、その場に居続けることに耐えきれなくなったらしく、
「ボク、剣道部の、取材に」
早口で言うと、走り出すようにして、会津くんは活動教室から去っていった……。
ヒナちゃんの怒った顔が、
だんだんと、
悲しそうな顔に変わっていく。
半泣きみたいだ。
…あいにく、ソラちゃんは、本日、1時間以上遅れて部活に来ることになっている。
だから、仲裁役が、いない。
うーーーーーーむ。
部長のわたしが、なんとかせねば…。
とりあえず、ビスケットはほしい。
「…ヒナちゃん、食べればいいじゃん、ビスケット。わたしにも、ちょうだいよ」
「あすかせんぱぁい……」
助けて、という表情。
わたしは会津くんが座っていた席につき、ヒナちゃんからビスケットをもらう。
「……あんなこと言われたら、頭に血がのぼっちゃうよね」
「はい……。」
「でも……ヒナちゃんは、できるだけ、会津くんとはケンカしたくなかった」
うつむくヒナちゃん。
「だけど、カッとなるのを、おさえきれずに」
「……」
「会津くんも会津くんなんだし、ヒナちゃんがああなっちゃうのは、ある意味あたりまえ」
「……」
「あたりまえ――なんだけど、いま、ヒナちゃんは、理由(わけ)もなく後悔してるんだよね」
「どうして……あたしの気持ちが……読めるんですか、あすか先輩」
「ケンカしたあとってさ、
少なからず、自分も責めちゃうものじゃん?」
「……はい」
「『取り返しのつかないことしちゃったかもしれない!!』って、軽くパニックになる」
うなずくヒナちゃん。
「わかるよ」
「わかりますか?」
「わかる。…ヒナちゃんのつらさが」
ビスケットを、ふたつ食べたあとで、
「ヒナちゃんは、お兄さん、いるよね」
「いますけども」
「ケンカしたりする? お兄さんと」
「…まれに」
「しょっちゅうじゃないんだ」
「…まれに、です」
「じゃあ、ウチより健全だな」
「健全……って、先輩、アツマさんと、そんなに……」
「情けないけど、ね」
苦笑いのわたしに、
「……でもなんで、きょうだいゲンカの話なんて、持ち出したんですか」
「なんとなく、かも」
「え!?」
「――けれど、さ。
さっきの、ヒナちゃんと会津くんの、いがみ合いが――、
ちょっぴり、きょうだいゲンカみたいに、見えなくもなくって、ね」
きょうだいゲンカみたいだった、と指摘したとたん、
ヒナちゃんのほっぺたに、淡い赤みがさして、
それから、彼女はブンブンと大げさに首を振り、
「そんなんじゃ、そんなんじゃないです」
と、認めたがらない。
ヒナちゃんの焦りっぷりを、眺め始める。
すると、
活動教室の扉が――開かれる。
ソラちゃんではなかった。
会津くんが戻ってきたのだ。
――弱った顔で、
「早すぎるんじゃない……!? してきたの、取材??」
と、ヒナちゃんが、会津くんに問う。
下目(しため)がちで、会津くんは答えない。
「な、なにか言ってくれないと、あたしのほうが困っちゃうよ。ねえっ、会津くんっ」
「日高……」
「……もしかして、あやまりたいの……??」
「……あやまりたいんだ」
「会津くん……!」
「……すまなかった。君の言った通りだ。ボクが無神経だったのを、あやまる」
「あたしも……ごめんなさい。取り乱して」
「君が……ごめんなさいを言う、必要なんて」
「――ある。あるったら、あるんだから」
「日高?」
「会津くん、」
「…どうしたんだ」
「どうしたもこうしたも、ないよ」
「……?」
「ビスケット、あげるよ」
「ビスケット……」
「仲直りの。仲直りの、ビスケットだよ。
会津くんが食べてくんなきゃ――仲直りしたことに、なんないんだから!」
「――しょうがない。
しょうがないな、日高も」
「笑いすぎだからっ!! もう」
「――君だって。」