リビングでテレビを見ていたら、愛がやって来て、
「あら、今日は二度寝してないのね、アツマくん」
「しなかった」
「日曜だから、てっきり二度寝してると思ったのに」
「もうやんねーよ。そんなこと」
「エッ。二度と二度寝しません宣言!?」
うまいこと言いやがるな、愛も。
「愛。オトナになりたいんだ。おれは」
「へーっ」
「なんだよ。本気で言ってるぞ、おれ。手始めに、二度寝をやめる」
「二度寝をやめる代わりに、なにするの?」
ぐっ。
「今朝は、二度寝の代わりに、プリキュアと仮面ライダーとスーパー戦隊を応援してたみたいだけど」
痛いところを突きやがる愛。
「オトナになれてないじゃないの。ニチアサキッズじゃないの」
容赦なし。
リモコンでテレビを消し、容赦ない愛に対し、
「今後の日曜朝8時30分から10時までの過ごしかたについては、保留として。オトナらしい振る舞いをするように、努めたい」
「オトナらしい振る舞いって」
愛は笑顔で、
「ぜんぜん具体性がないじゃないの」
るせー。
悪かったな、具体性がなくって。
実のところ。
実のところ、もっと具体的なことを、おれはマジメに考えているのであって。
オトナになるために、これからすべきこと。
決心というか、決意というか。
いつまでも、伏せておくわけには、いかんよな。
いま、愛とふたりきりだし、いい機会だ。
姿勢を正す。
「愛」
真剣さを込めて、呼んでみる。
「なに? どうしたの?」
「隣に座ってくれ」
「いいけど」
× × ×
「そろそろおれも、独り立ちしなきゃならん、と思うんだ」
「独り立ち?」
「ああ。独り立ち」
「それって、お邸(やしき)を出て暮らす、ってこと?」
うなずいて、
「もういくつ寝ると、社会人だから。就職したら邸(ここ)を出て暮らしたい、っていう気持ちは、前からあってさ」
愛の目線が下がっていく。
「なんだよ」
優しくおれは、
「まさか、おれが『ひとりで』出ていくんじゃなかろうか、とか、思ってんのか?」
「……」
「バカだなあ」
愛の目線が一気に上がる。
「ば、バカって言わないでっ」
「すまん」
おれを見つめて、
「『ひとりで』じゃない、ってことは……」
と愛。
「そーだよ。おまえも連れてくに、決まってんだろ」
15秒間押し黙って、それから、
「わたしといっしょに、新しい生活を始めたい……って、思ってるの」
と愛。
理解が早くて助かる。
「理解が早くて助かる。
おまえといっしょに、だから、独り立ちとは言えないのかもしれんが。
だけど、独り立ちするのなら、絶対におまえといっしょがいい。
おまえがそばに居てくれない独り立ちなんて、考えられない。
――わかってくれるだろ?」
真顔の愛は、
「――当然よ」
と返してくれる。
「アツマくん」
「なんだよ」
「わたし、ひとり暮らし失敗して……おかしくなっちゃった時期も、あったけれど。あなたといっしょに暮らしていくのなら、大丈夫だと思う、今度は」
「そっか」
おれは、
「案外すんなり、結論が出たな」
愛は少し前のめり姿勢になって、
「言ってるの……? 明日美子さんには」
「まだだ」
「は、早く言わなきゃダメでしょ、とっても重要なことよ、これ」
「わかってる」
わかってる。
気持ちを母さんに伝えるのなら――いま。
そんなことぐらいわかってる、から、
「愛。探しに行こう、母さんを」
「――うん。行きましょう、探しに」
立ち上がろうとする愛。
であるのだが、
「ちょっと待ってくれ」
「え!? どうして」
「母さん捜索の前の、ウォーミングアップがしたい」
「……なにそれ」
「おまえにしてほしいことがある」
戸惑う顔を見上げつつ、
「ちょっと、ほぐしてくれないか?」
と言うおれ。
「!? ほぐす!?」
「そーだ。こう見えても、腕や肩、そこそこ消耗しててな。そこそこ凝(こ)ってるから、おまえにほぐしてもらいたいんだ」
戸惑ったまま、おれの右腕のあたりを見つめる愛。
再び、ソファに座る愛。
それから愛は、
「ホグホグ、してほしいのね??」
「ああ。遠慮なくホグホグしてくれよ」
「遠慮なく、って……。ホグホグするのに、遠慮もなにもないでしょうに」
「悪かった」
「アツマくん」
「おう」
「わかったわ。ホグホグしてあげる」
「頼むぜ。おまえのホグホグが、いちばん癒されるんだから」
「……褒めちぎらないでよ、さりげなく」