【愛の◯◯】転がる玉ねぎ

 

「きょうもわたしが『当番』か。

 4日連続で『語り手』を担当することなんて、あったっけ?」

 

「――なにわけのわからんこと言ってんだ? 独(ひと)りごとか??」

 

あ。

マズい。

アツマくんにツッコまれちゃった。

 

「あなたには敵わないわね」

「……」

「そーよ。独りごとよ。限りなくメタフィクショナルな」

「戻ってこいよ、現実に。朝飯の準備、できてんぞ」

「はいはい♫」

 

なにも言わず、炊きあがったご飯をお茶碗によそうアツマくん。

 

黙って差し出されたお茶碗を受け取ったわたしは、

「きょうのあなた、なんだか無口ね」

「…気のせいだろ」

「あなたがそう言うのなら、気のせいだってことにするわ、わたしも♫」

「――変わり身早いな」

「ゴメンね。ちゃらんぽらんな性格で」

「いや自分で言うなや」

 

× × ×

 

外に出られるようになったのである。

引きこもり生活とはおサラバなのである。

 

「買い物に行くわ」

 

アツマくんにそう告げて、元気に勢いよくお邸(やしき)を飛び出した。

目的地はスーパーマーケット。

 

 

…もういくつ寝ると、12月だ。

冬、来てる。

 

ずいぶんと肌寒くなった街を歩く。

歩きながら、

『こんなヒンヤリとした空気も、悪くない』

と思う。

東京は、雪もあんまり降らないし。

 

元気がわたしに戻ってきてるし、空気も街に澄み渡っている。

 

『これで……学業に復帰できたら、完璧に元通りなんだけどな』

 

ふと思ってしまった。

課題が残っていないわけではないのだ。

不調により、今年度ゼロ単位が確定のわたし。

 

つまり、留年することは避けられない。

 

避けられない、けれど……実は、あんまりネガティブには捉えていなかったりも、する。

 

その理由を説明しても、いいんだけど、

「スーパーに到着しちゃった。

 お買い物、しなくっちゃ」

 

× × ×

 

単位は取りこぼしても、食材は取りこぼさないようにしなきゃ。

 

買い物カゴとメモ用紙を片手に、店内を歩く。

 

メモ用紙に書かれた食材を全部確保したあとで、

『――野菜を、もう少し買い足したいな』

と思って、野菜コーナーに舞い戻る。

 

旬の野菜ならお値段も安いし、少しぐらい買い過ぎちゃっても大丈夫。

 

わたしの脳内にインプットされた『旬のお野菜カタログ』を参照しつつ、棚を吟味していく。

 

『長ネギは扱いが案外難しいし、買い足すのなら白菜かな…』

そう考えていたわたしの足元に、玉ねぎがコロコロ、と転がってきた。

 

「あーもうっ、ダメじゃないのーっ!」

叱る声。

 

…わたしの眼の前に、たどたどしい歩きの小さな男の子が、近づいてきている。

 

転がった玉ねぎを追いかけてきたのだ。

 

わたしは、転がった玉ねぎを拾ってあげる。

拾ってあげてから、しゃがむようにして、小さな男の子と同じ目線になってあげる。

それから、ニッコリ笑いかけて、

「はい、どうぞ」

と言って、玉ねぎを男の子に渡してあげる。

 

渡された男の子は、わたしの笑顔をしばらく凝視。

 

――駆けつけたお母さんが、男の子の名前を呼んで、

「こらっ。お姉さんに言わないといけないこと、あるでしょっ?」

と、穏和に叱る。

 

「……ありがとう」

 

素直な男の子は、言ってくれた。

 

よしよし。

 

男の子のお母さんも……しょうがないなあ、と苦笑い。