最寄りが早稲田駅の某文具店に来ている。
「あっ、甲斐田しぐれちゃんだ~」
アラサー名物店員の谷崎さんが、私に気づいて接近してくる…。
「また来てくれたねえ」
「来ましたよ。来ましたけど…」
「?」
「…相変わらずの接客態度ですね」
「あー。まーね」
なんなんだろう、この男性(ひと)は……。
「きょうは、なにをお探しに?」
「……鉛筆を」
「ほう!」
手を叩く谷崎さん。
叩かなくてもいいでしょっ。
「鉛筆ならこっちだよ」
案内する気はあるのね。
いちおう店員なんだもんね、この男性(ひと)……。
ついていくと、
「――彼氏にプレゼントしたりするの?」
と突然に言われた…。
突然に言われた弾みで、
「ば、ばかっ」
と言ってしまう。
「アチャー、罵倒されちゃった」
「……」
「ま、罵倒されるのも仕方がないよね」
「……ですよ。反省して」
「それにつけても――」
「は……はい??」
「きみは、ちゃんと青春してる?」
「どどっ、どーいう意味ですかっ!!」
「意味もヘッタクレもないよ」
「谷崎さんは、どこまでふざければ……!」
「エーッ。だってきみ、大学生じゃんよ。青春じゃんよ。
青春真っ盛り、って感じでしょ? 今は、夏休みでもあるんだし」
× × ×
鉛筆は……買った。
「毎度あり!」と、谷崎さんに笑顔で見送られてしまった……。
涼しくなるまで……あの文具店には……行きたくない。
……。
『彼氏にプレゼントしたりするの?』
谷崎さんに言われたことばが、ぶり返してくる。
彼氏なんか、いるわけないでしょ。
バカバカバカ。
「バカバカバカ…」と小さく呟きながら、早大通りを歩く。
腹いせに、大隈講堂が見たくなった。
大隈講堂を見ないで帰りたくない。
重要文化財を拝んで、バカ谷崎さんのせいで生まれたモヤモヤを吹っ飛ばしたい…。
無茶苦茶な理屈でもって、私は歩道を突き進んでいた。
× × ×
早稲田には高校時代同級生だった篠崎くんが通っている。
篠崎くんに遭ってしまうと、九分九厘面倒くさいことになる。でも、今は夏休みだから、遭遇の危険性は低い。
篠崎くんに対する警戒を緩めて、大隈講堂の前までやって来た。
学生よりもむしろ観光客が目立っている。
とりあえず、スマホで講堂を撮影。
私も、観光客のような気分だ。
本キャンパスの大隈重信銅像も、ついでに拝んでいこうか…と思い始めて、講堂に背を向ける。
そしたら。
信じられないような光景が……視界に入ってきた。
信じられないような光景、というのは。
篠崎くんが、女の子といっしょに、本キャンパスの入り口前を歩いていたのだ……!!
女の子連れの篠崎くん。
彼は。
棒立ち状態の私の存在に、気づくこともなく。
女の子と談笑しながら、馬場下町の交差点に向けて、歩いていく。
彼(と彼女)は、あっという間に…通り過ぎていった。
嵐が過ぎ去ったような感覚。
動揺するとともに……篠崎くんが女の子に夢中で、私の存在をまったく感知していない様子だったのが……ショックだった。