【愛の◯◯】覆水盆に返らず 鉄は熱いうちに打て

 

放課後。

例によって、放送部のお部屋に連れ込まれたぼく。

 

しかし――。

猪熊さんは顧問の先生に呼び出され、

小路さんはいつの間にかどこかに消えていて、

部屋にぼくだけが取り残されるような形になってしまった。

 

2年生の高津かがみさんが、ぼくの手持ち無沙汰に気づき、

「羽田先輩、わたしとお話しませんか?」

と言ってきてくれた。

「猪熊部長と小路先輩が帰ってくるまでの『つなぎ』ということで」

「ハハハ…。悪いね」

「まるでわたし、中継ぎ投手みたいですね」

この子は上手い喩(たと)えかたをするなあ……と思っていたら、

「雑談は、ポテトチップスでも食べながら――」

と言って、ポテトチップスの袋をひょい、と投げてきた。

かろうじてぼくはキャッチする。

「ふ、不意打ちはやめてよ、高津さん」

「――小路先輩のモノマネがしたくなって」

た、たしかに、小路さんもお菓子の袋投げてきたりするけど。

「羽田先輩――ナイスキャッチでしたよ」

 

放送部……案外、曲者(くせもの)ぞろい??

 

× × ×

 

「放送部は、コンテストに向けてまっしぐらです」

「全国規模のコンテストがあるんだったよね。いつごろ?」

「夏休みに入ってすぐですね」

「2ヶ月切ってるってことか」

「切ってます」

 

高津さんはテーブルの上で指を組んで、

「3年の先輩がたにとっては、最後の大会です」

と言う。

つまり、猪熊さんにとっても小路さんにとっても、最後の夏…ということになる。もちろん、放送部のほかの3年生にとっても。

 

大会……か。

 

「緊張感、あるでしょ。コンテストが眼の前で」

「ないほうがおかしいです。

 …特に、3年の先輩がたは、ピリピリと」

「ぼくは…大会とかには縁がない3年間で。コンテストへのプレッシャーみたいなもの、上手く想像できないんだけど」

「一発勝負ですから」

「一発勝負っていうのはつまり…朗読や、アナウンス」

「いちどミスったらそこで試合終了なんです」

「シビアだ……。」

「覆水盆に返らず、っていうことわざがピッタリ」

 

そんなことわざ知ってるなんて、高津さんは物知りなんだな……と思っていたら、ドアが開かれ、女子生徒が入室してきた。

小路さんだ。

 

「あっ、3年生のなかで唯一ノープレッシャーな先輩が、お帰りになられた」

小路さんに視線を流して言う高津さん。

「ほほおー、先輩をからかいますか。いい度胸だねえ、かがみん」

「…別に、小路先輩をからかったりするのは、いまに始まったことじゃないでしょう」

「かがみんも一気に生意気になったもんだ」

「どちら様のお陰でしょうか…」

 

上下関係、こんな緩かったっけ? 放送部。

まあいいか。

 

 

× × ×

 

帰宅後。

夕飯のあたりから、あすかさんが、明後日がじぶんの誕生日であることをアピールし続けていて、くたびれてしまった。

 

くたびれたので、彼女の誕生日アピールを強引に振り切り、自室に落ちのびた。

 

 

……正直。

あすかさんの誕生日を祝うよりも先に、やるべきことがあるんじゃないか……と思い始めている。

 

それは、

姉の様子を…気づかうこと。

 

『中野区のマンションでひとり暮らしの姉が、ほんとうに順調に生活できているのだろうか……?』

 

弟として、確かめたくて。

 

今月に入ってから、姉の声が聴けていない。

LINEのやり取りはしている。

でも、文字からは、姉の調子なんか、うまく伝わってくるわけもなくて。

 

LINEの文面だけじゃわからないことは沢山ある。

もちろん、電話で話すだけじゃわからないことだって。

……だけど、LINEよりは電話のほうがマシだと思う。

電話して、声が聴けたら、姉の調子の『ホントのところ』を、何割かでも感じ取ることができるかもしれないから。

弟なんだから。

家族なんだから。

 

 

充電中のスマホを見る。

 

不安は、否定できない。

 

『鉄は熱いうちに打て』……。

数少ない、ぼくの知っていることわざ。