【愛の◯◯】「私はピアノ」と「愛の言霊」

 

鴨宮学(かもみや まなぶ)くんと音楽談義をしている。

 

「鴨宮くんは、さいきんどんなミュージシャンをよく聴いてるの?」

ラリー・カールトンをよく聴いてますね」

 

おお…。

 

「…いいよねえ、ラリー・カールトン! 『ルーム335』とか、最高だよね」

「あっ、ムラサキさんご存知だったんですか!! 『ルーム335』、ほんとうに最高ですよね」

 

ぼくのノリにノッてきてくれる鴨宮くん。

 

……。

『ルーム335』ぐらいしかラリー・カールトンの楽曲を知らないのは……内緒だ。

 

なんとかして話を膨らませようとして、ぼくは、

「…サザンオールスターズに、『私はピアノ』って曲があるんだけど」

「えっ、知らない曲です」

「し、知らなかったかー。これがジェネレーションギャップなのかなあ」

「ジェネレーションギャップっていっても、おれとムラサキさん、歳が1つしか違わないじゃないですか?」

う、うう。

たしかに。

……懸命に、ぼくは、

「……でね。『私はピアノ』は、『タイニイ・バブルス』っていうアルバムに入っていて」

「いつのアルバムなんですか?」

「1980年…だったかな」

「そうとう昔の曲なんですね」

「だね……。ボーカルは、桑田佳祐じゃなくて、原由子

「へえ~」

「……で、この『私はピアノ』って曲ね、歌詞にラリー・カールトンが出てくるんだよ」

「へええぇ~~!!」

す、すごいリアクション。

「その曲、聴いてみたいです!!」

「じゃ、じゃあ、いま流してみよっか」

 

× × ×

 

原由子の歌声がサークル部屋に流れている。

 

鴨宮くん同様1年生である朝日リリカさんが、

「ムラサキさん、物知りですね」

と言ってくれる。

「サザンのアルバムは、割りと遡って聴いているから…」

「すごーい」

「系統立てて、サザンオールスターズの楽曲を聴いていけば、J-POPの歴史が浮かび上がってきたりするんじゃないか…って」

「ムラサキさんは研究者さんタイプですね」

「い、いや、研究者だなんて、そんな」

「勉強家なんだ」

リリカさんのことばは嬉しいけど……一方で、研究者や勉強家だと言われると、そこはかとないプレッシャーを感じてしまう。

「……サザンオールスターズを研究した本は、割りとあって。勉強中のぼくに訊くより、そういった本を読んでみたほうがいいと思うよ」

そう、『逃げ』のことばを言いつつ、

「たしか、この部屋の本棚にも、サザン研究本、あったような気が……」

と、わざーとらしく本棚のほうを見る。

 

……ぼくが本棚のほうに向いたスキに、

 

「あ。なんだかプリントみたいなものが、椅子に置いてある」

 

と――リリカさんが、ぼくにとっては不都合なプリントを、発見してしまった。

 

しまったっ。

無造作に椅子に置いておくべきではなかったっ。

 

「――なんですか? これ。いろんな単語(ワード)が書いてあって、その横に説明みたいなのが書いてある。まるで、単語帳みたい」

 

リリカさんが、ぼくのプリントを、ぼくに見せてくる……。

 

……観念したぼくは、

サザンオールスターズの曲で……『愛の言霊』っていう曲があるの、知ってる?」

とリリカさんに訊く。

「知ってます知ってます」

「それはよかった……。

 あのね、そのプリントはね、『愛の言霊』の歌詞の単語を、全部抜き出したものなんだ」

「エッ」

「単語を歌詞から抜き出して……いろいろググったりして……単語ごとに解説をつけて。まだ、未完成なんだけど」

「――つまり、『愛の言霊』の歌詞分析のためのプリントであると?」

「そう。そーいうこと」

 

プリントに眼を凝らすリリカさん。

――やがて、顔を上げて、

 

「ムラサキさんも、なかなか、キモ……すごいこと、やってるんですね」

 

と言うのだった。