『漫研ときどきソフトボールの会』の部屋を開けたら、中には1年生の男子コンビ。
すなわち、幸拳矢と和田成清である。
「こんにちは! ワッキー先輩」と拳矢。
「どーもっす、ワッキー先輩」と成清。
ついに、下級生までもが、『脇本』と呼んでくれなくなった……。
しょうがない、とこころに言い聞かせて、椅子を引く。
「おまえらだけか? 上級生のかたがたは?」
ふたりに訊いてみる。
「お見えになってないです」
拳矢が答えた。
フム…。
この時間帯は男子だけの空間か。
羽田さんも大井町さんも来ない。
有楽さん・秋葉さん・日暮さん・高輪さんといった僕の上級生の女子も…。
「…珍しいパターンだな」
「え? なにが珍しいんすか」
キョトンとして訊く成清に、
「男3人だけで進行するのが珍しいってことだよ」
と答える。
「進行……??」
釈然としない顔の成清。
「女子が出てこない記事なんて――年に数回あるかどうか」
成清はますます釈然とせず、
「ワッキー先輩はいったいなんのことを言ってるんすか。そもそも、記事、って――??」
僕は黙って笑う。
なにも言わず、ついてきてくれたらいいんだよ……1年男子コンビよ。
× × ×
ガサガサと、拳矢が、バッグからなにやら取り出す仕草。
A4の用紙をホッチキスで綴じたものが出てきた。
「なんだそれ? 拳矢」
僕が訊くと、
「出演作リストです。若手女性声優の」
と答えた。
ほ…ほぉ。
「過去5年の出演作を整理するために作ってるんです。ウィキペディアとかネットのソースだけでは不充分なので」
どういう点で不充分なのか……。
「そういうのは、デジタルで管理したほうが良くねーか?」
指摘したのは成清だ。
拳矢は少しムッとして、
「デジタルだと、形にならないじゃんか。ぼく、なんでもかんでもデジタルでまとめるのは違うと思うんだ」
と反発。
いや、そもそもね…拳矢くん。
どうしてきみ、そういうものを大学にまで持ってきてるの…?
若手女性声優過去5年出演作リストを成清が受け取った。
パラパラめくって、
「拳矢、おまえさ――『推しは作らない』とか宣言してたけど。
明らか、特定の声優さんに入れ込んでるっしょ」
「……え!? 成清は、そう思うの!?」
眼を丸くする拳矢。
「こりゃ、ぜったい――『たかはしりえ』びいきだよな」
指摘する成清。
ことばに詰まる拳矢。
……いや、まず、『たかはしりえ』さんってだれですか。
× × ×
高橋李依(たかはし りえ)さんという声優について、拳矢が事細かく説明してくれた。
作品の名前は知っていても、キャラ名は知らない……というパターン多し。
アニメ、ぜんぜん観なくなったもんなー。
でも、さすがに『プリキュア』の5文字は知っていたので、
「キャリアの初期からプリキュア役に抜擢されるなんて、すごいんだね」
と拳矢に言ってみた。
「ほとんど新人のひとが主役に抜擢されるパターンは多いんですよ」
と拳矢。
「プリキュアに限らず?」と僕。
「限らず。」と拳矢。
「どうしてなの?」と僕。
「それは――」と言いかける拳矢だったが、
「オイオイ拳矢。それを全部説明したら、夕方になっちまうだろ」
と、成清に遮られる。
「――そうだった」
拳矢は、照れ顔。
「プリキュアか――」
「どうした成清? 『プリキュアの主題歌を黒沢ともよさんが歌ったことがある』とか、言いたいのか??」
「拳矢はどうしても声優に紐づけるのな……仕方ないが」
「ぐっ」
「おれはな、プリキュアからの連想で、」
「…連想で?」
「女児向けアニメ縛りカラオケに行きたくなってきたんだよ」
「な…成清も、突拍子もないこと考えるんだな。ワッキー先輩、ドン引き加減になってるぞ」
「女児向けアニメ縛りだから、ほとんどが女性ボーカル曲になっちまうけど、裏声も得意なんだ、おれ」
「…だれが得する情報だよ。ワッキー先輩、窓際に逃げちゃったぞ……!」