朝、眼が覚めたら、7時半を過ぎていた。
いけないいけない。
ねぼすけさんだ、わたし。
お邸(やしき)にいたころは、2時間ぐらい起床が早かった。
それが、ひとり暮らしを始めたら、今朝みたいに7時半とかに起きたり。
どうしてなんだろう。
ひとり暮らしが……自堕落な生活にならないように、気をつけたいのに。
幸いにして、冷蔵庫の残りものがあったので、それを使って簡単な朝ごはんを作った。
食べて、身支度をして、駅に向かう。
× × ×
電車に乗って、大学の最寄り駅へ。
『いけないいけない、もう9時半過ぎてるじゃないの』
慌てて、小走りになる。
学生会館5階のサークル部屋に到着した。
「すみませ~ん、『9時には行く』って連絡してたのに、遅刻しちゃいました」
「いいのよいいのよ、羽田さん」
副幹事長の有楽碧衣(うらく あおい)センパイが、わたしの遅刻を優しく許容してくれる。
「あのね」
「? なんですか有楽センパイ」
「もう少ししたら、新入生が、この部屋に来ることになってるの」
「わあ! それはステキですね。男子ですか? 女子ですか?」
「男子」
「男子ですか! きのうに引き続いて、ですね」
「羽田さん、男子が増えると、嬉しいかい」
有楽センパイと同じく4年生の秋葉風子(あきば ふうこ)さんが、いつもの口調で訊いてくる。
わたしは意図的に意味深長な目線を送る。
送られた彼女は、「な…なんだね、考えが読めないような顔して」と、少し狼狽。
存在感薄く座っていた、同期である2年生の脇本浩平(わきもと こうへい)くんのほうに、わたしはクルリと向き直り、
「男子が増えていちばん嬉しいのは、男子の脇本くんじゃないの?」
と言う。
「うん……羽田さんの言うとおりだ。男子は、欲しい」
言ってくれる脇本くん。
「羽田さん……きみは、男子の心理を推し測るのが、巧いんだね。どうしてかな?」
「どうしてなのかしらねー。じぶんでもわからないの、脇本くん」
…秋葉さんのみならず、脇本くんまで狼狽(うろた)えさせるようなことを言ってしまったわたし。
その不用意さを、反省するヒマもなく……部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
× × ×
和田成清(わだ なりきよ)くんという男子だった。
新入生の彼の通学経路が、わたしと重なっていることが判明したので、わたしは彼といっしょに帰宅することにした。
大学から駅への道。
「どうだったかしら、きょうの、サークル部屋での新歓は? 忌憚なき意見を言ってちょうだい」
「……そうっすね」
彼は少し考えてから、
「女子会員のかたが、案外多いんだな……って思いました」
わたしはイジワルを発動させて、
「嬉しいんでしょ」
「え?!」
「男所帯とは違って、華があって。
ウチは男女が拮抗してるサークルだから、楽しいよ」
「男女が、拮抗……」
「楽しく4年間過ごせることを、保証する」
そう言って、イジワルに立ち止まって、イジワルに彼の顔を覗き込む。
新入生クンな彼は、口を半開きにして、動揺していることが明白な表情になる。
× × ×
電車に乗っても、わたしのペースで、
「ねえ、あなたの名前の呼びかたなんだけど」
「……はい??」
「『和田くん』じゃ、ありふれた呼びかたすぎるし。
『成清くん』って――下の名前で呼んでも、いいかなあ」
約90秒間の沈黙。
そのあとで、彼は、
「――いいっすよ」
と言ってくれる!
「ヤッター。ありがとう。じゃ、『成清くん』ね」
ここからは、セカンドフェイズ。
わたしのマンションの最寄り駅に着く前に、できる限り、成清くんのことを掘り下げたくて、
「成清くんの特技は?」
と無茶振る。
「え……特技……っすか!?」
「そう。あなたはなにかの一芸に秀でている気がするのよ」
「……」
約75秒間の沈黙。
成清くんは、
「……歌、っすかね」
と、見事に沈黙を破ってくれる!
「そっかあ!! 歌かあ!! ――バンドのボーカルでも、やってた感じ??」
「どうして…わかるんすか」
「フィーリングよ。
わたし、フィーリングで生きてるから」
成清くん、
唖然。