【愛の◯◯】理不尽なモラトリアム人間をよく知っているらしき大人の香りの4年女子

 

全部書き直しを命じられた文章は、どうにか通った。

でも、新しく書いてきた文章にも、結崎さんはダメ出し。

 

「…書き直しだな」

不満が色濃い声で、結崎さんは言い放つ。

「…全部、ですか? また」

わたしが訊くと、

「それはきみの裁量だ」

「…どういうことですか」

「全部書き直すべきだときみが思うのなら、全部書き直せばいい。半分だけでいいと思うのなら、半分」

安楽椅子に、彼は背中を預ける。

椅子がきしむ音。

「ただし、」

ふんぞり返るようにして彼は、

「全部書き直してきたとしても、『ボツだな』と思ったら、ボツにする。……1回書き直してきただけでどうにかなるほど、文章というものは甘くない」

 

――イジワル。

 

まるで、ダメ出ししたくって仕方がないみたい。

 

…安楽椅子から身を起こす結崎さん。

さっきダメ出ししたばかりのわたしの文章を見ながら、

「ぼくが教授で、きみが学生だとする。

 きみの提出したレポートを、教授のぼくが採点する…というシチュエーションを想定しよう」

落書きでも見るような眼で、わたしの文章に視線を落としつつ、

「採点は――甘く見積もっても、『B』だな。いや、せいぜい『Bマイナス』というところか」

 

――なにそれ。

 

「『C』でも、ぜんぜんおかしくない。――ま、出席点込みで、どうにかこうにか高評価がもらえるといったところだろう」

 

「……それは、わたしへの嫌味ですか??」

 

「激励、のつもりなんだが」

 

「……はい!?」

 

「いまのじぶんに満足することなく、足りない部分がなんなのか良く考えて、努力してもらいたい……というわけだ」

 

× × ×

 

激励なわけ、ないじゃん。

どう考えたって、わたしへの嫌味でしょ。

だいいち、結崎さん、教授でもなんでもないじゃん!!

講義にぜんぜん出席しないくせに……「レポートの採点」だとか、「出席点」だとか。

ちゃんちゃらおかしいでしょっ。

 

反発心が、おさまらない。

 

……しかも、ムカつき始めたわたしに、結崎さん、仕事を押し付けてきた。

 

ほかのサークルを取材してきてくれ、って。

 

『なんでじぶんで取材に行かないんですか』と言おうとしたら、

「きみは、取材は、お手のものだろう?? 高校時代のスポーツ新聞部で、経験値を積んできたんだろう」と遮られた。

 

たしかに、スポーツ新聞部では、取材は日常茶飯事だった。

インタビューしたりするのには、慣れている。

 

だからって。

こき使うにも、限度があるでしょ。

理不尽。

 

× × ×

 

「――失礼します、『PADDLE』という雑誌を編集している者なのですが」

 

ミュージアム同好会』というサークルの活動部屋。

入り口で、挨拶する。

 

眼の前には、大人っぽい女のひと。

たぶん、4年生だと思う。

変な話かもしれないけど、4年生にならないと、こういう、『色気』……みたいなものは出てこないんだって、思う。

大人の香り。

 

フェミニンな彼女は、

「あら、『PADDLE』の編集、ふたりになったの!? 結崎の個人制作じゃなくなったのね」

と少し驚く。

それから、

「あなた、1年生なのよね。新人ってことでしょう」

と、型通りの問い。

「はい、1年です。戸部あすかっていいます」

名乗るわたし。

名乗ったら、

「ね、ね、結崎って、性格悪いでしょ。もう、気づいてるころよね」

いきなり、言われた。

「モラトリアムが行くところまで行くと、ああいう風になっちゃうんだから」

この女性(ひと)……結崎さんに、やけに詳しい。

「インスパイアされちゃダメよ」

「……」

「結崎の色に染まっちゃわないように、気をつけないとね」

「……そうですね。警戒しようと思います」

「あすかちゃんだっけ?」

「は……はい」

「もう名前、おぼえたわ」

 

なんだか……おねーさんに、似た口調。

 

「わたしも名乗らないとね。浅野小夜子(あさの さよこ)っていいます。4年生」

「ああ、やっぱり4年生でしたか」

「感じてた?」

「感じてました」

「するどい」

「……えっと、浅野さん。わたし、『ミュージアム同好会のだれかにインタビューしてきてくれ』って、結崎さんに言われまして――」

「取材ってこと??」

「そうです」

「拒否」

「ええっ!?」

「――拒否、は冗談だけど」

浅野さんはクスッと笑って、

「逆インタビュー、したいな」

「ぎゃ、逆インタビュー……って」

「要するに、あすかちゃんがわたしに向かって、結崎への日頃の不満をぶちまけるの」

「ぶ…ぶちまける…って」

たまってるでしょ。たまんないほど

「……」