わが桐原高校の校舎には、大量の空き教室が存在する。
不可解なまでに多い空き教室。
そのうちの一室に、ぼくは来ていた。
いや、ぼくだけ、なのではない。
となりの椅子には、野々村ゆかりさんが座っている。
野々村さんとは、とうとう3年連続で、クラスが同じになった。
始業式の前から……そういう予感はあった。
『すごい縁だよね』と彼女に言ったら、
『すごいけど、腐れ縁』とだけ、返された。
ぼくとは妙に縁のある野々村さん。
いま、彼女は、いつも以上にピリピリしている。
ぼくと彼女の向かいには、アサマくんという男子生徒。
なんでも、運営しているクラブに、野々村さんを引き込みたいらしいが……。
「『ファストフード研究会』ってなによ」
静電気を発するかのごとくピリピリの野々村さんが、アサマくんに詰め寄るように言う。
「読んで字のごとくさ」
アサマくんは笑顔の応答。
野々村さんは殺伐と、
「『ファストフード研究会』、っていう名前!! 相当、キモいと思うんですけど」
「…なんで?」
笑顔で理由を尋ねるアサマくんに、
「まず、『ファーストフード』じゃなくて、『ファストフード』なところ」
「えっ」
思ってもみない指摘を受けた様子のアサマくん。
「どーして、『ファースト』フードって、伸ばさないわけ!?」
ははは……と苦笑いで、
「だって――『ファストフード』ってしたほうが、洗練されてるじゃないか」
「どこが!!」
大声を出し、机を乱打する野々村さん……!
さすがのアサマくんも、怯えたリアクションだ。
「洗練されてる!? 洗練!? バカじゃないのアンタ」
彼女の罵倒に、アサマくん、困惑。
しどろもどろに、
「理由、って……そのことだけ??」
と言うも、
「まだあるに決まってんでしょ」
と彼女は突っぱねて、
「…わざわざ、ファストフード『研究会』って名乗ってるところ」
「それの…どこがいけないのさ」
「キモいのひとこと」
アサマくん、かわいそうに……。
「キモい」は、人格否定を伴う罵倒だよ。
「マクドナルドやモスバーガーやケンタッキーやバーガーキングやファーストキッチンを『研究』する!? なんなの、そのコンセプト。『研究』の二文字が、キモすぎ。アンタら、オタクより病的だよ」
「野々村さん野々村さん、そのへんでやめておこうよ。言い過ぎだから、『オタクより病的』とか。うつむいちゃったじゃないか、アサマくんが。凹(へこ)ませるにも、限度っていうものが――」
「勝手に凹めばいいじゃん」
うわあ…。
「そ、そもそも、野々村さんを勧誘した動機、まだ言ってないよね」
気くばりで、アサマくんに、
「伝えてくれないかな……? アサマくんが野々村さんをスカウトした、きっかけを」
と訊いていく。
下目がちのまま、アサマくんは、
「……ダブルチーズバーガー」
とだけ、つぶやいた。
「も…もっと、詳しく」
促すぼくに、
「学校の最寄りのマックで、野々村さんをよく見るんだ。
彼女、いつも、ダブルチーズバーガーを注文してて。
しかも、ポテトとかナゲットとか、サイドメニューをいっさい付け足さないんだ。
そういう、潔さが、いいな……と思って。
つまり……ダブルチーズバーガー主義というかなんというか……マクドナルドという空間における、立ち回りかたが……完成されていて。
ぼくは、彼女のそういう完成度を――買った」
「羽田くん」
唖然とするぼくの横で、野々村さんが、
「ハンバーガーがあったら、無限に投げつけたいよね」
と……激怒する。