【愛の◯◯】世界でひとつだけの背中

 

テレビを観ていたら、制服から普段着に着替えたあすかが、リビングに現れた。

 

おれの存在に気づくなり、恥ずかしそうに顔を下に向けて、後ずさり。

 

……兄として、おれは、言う。

「――カゼは、もう、治ったんか?」

 

答える妹。

「治ったよ。治ってなかったら、学校行ってないし」

 

そうか。

完全回復、か。

 

「治って、元気なら――おれを見たとたんに、後ずさりしなくたっていいのに」

兄として、少しイジワルに、言ってみる。

 

「……してないし。後ずさりなんか」

「認めたくないんだな」

「……」

 

――こんどは、ずんずんと、おれの座っているソファのほうに接近してきて、

「これで、満足?」

とか言ってくる。

 

「ああ、満足だ。その距離感を、キープだ、あすか」

「距離感って……」

 

ほんの少しほっぺたを赤くして、あすかは眼をそらす。

 

「ま、なんにしても、おまえが元気になって、良かったよ」

「……」

「結果的に、おまえと愛との仲も、元通りになったしな」

「……うん」

「ハラハラしてたんだぞー、こっちも。過去最大級の大ゲンカだったんだから」

 

仲直りのことに、触れたおれ。

おれのことばを引き受けて、妹は、物思い顔になる。

 

やがて……観念した、といったふうな表情で、おれの顔に視線を凝らし、

「お兄ちゃん、」

「なんだ」

「言っときたいことが、ある」

 

おれは、立ち上がり、

「なんでも言っていいぞ。遠慮しなくていいから。きょうだいなんだから」

 

……あすかは、周囲におれ以外のだれも居ないことを、確かめる。

 

「……もったいぶりやがって」

苦笑いで、おれは言う。

 

「――えっと。

 ここまで、おねーさんとのギクシャクが長引いちゃったことに、責任感じてる。

 お邸(やしき)の空気、悪くしちゃったよね。

 わたし、子どもだった……子どもじみた態度、とりっぱなしで。

 もうすぐ高校も卒業するっていうのに、信じられないぐらい……お子さまだった。

 反省してる。

 お兄ちゃんに対しても……ヘンな態度、とっちゃったよね」

 

「おれはとっくに気にしてないが?」

 

「こっちは気にするからっ」

 

「そーですか」

 

「そーですか、じゃないんだからっ」

 

ほんの少しだけ、むーっ、とむくれる妹。

 

おれは、兄として、優しく、

「――そんで?

 この場で謝りたい、ってことなんか?」

 

首を横に振り、妹は、

「違う。謝りたいんじゃない。

 謝るよりも、もっと言うべき……ことが、わたしには……」

 

距離を詰めて、おれは、

「なんだよ。遠慮すんなよ」

 

また、顔を赤らめ始めて、

「ねえ。

 ちょっと……後ろ、向いといてくれない?」

 

「どうしてさ」

 

「言えないの……正面切っては」

 

わかったよ。

……そう、こころのなかだけでつぶやく。

 

そして、妹の言ったとおりに、背中を向ける。

 

すると。

 

妹は……おれの背中に、しがみついてきて。

 

密着して……10秒くらい経ったかな、と思ったとき、

声が、聞こえてきた。

 

 

おにーちゃーん、だいすき……

 

 

……ぐーっ、と、頭を背中に埋めるようにしてくる、妹。

 

そんな、おれの妹に、おれは、

「――いきなり甘えられると、心臓に悪いんですけど」

とツッコミ。

 

「……そんなこと、いわないで」

ふにゃけた声で言いつつ、おれの背中をグリグリしてくる、妹。

 

「おまえなー。そーゆースキンシップしか、できんのか」

 

「……できない!」

 

「いくつになっても、手がかかるやっちゃ」

 

「……。

 ねえ……いわせて。いわせてよ。このさいだから」

 

「……なに言うつもりだ?」

 

5秒間、タメを作ったのち、

 

いつも……ありがとう。

 これからも、ずっと、よろしくね。

 

 

……ふぅ。

背中の温かみが……じんわりと、しみ込んできたな。

 

兄として、兄らしく、おれは言う。

「嬉しいよ、あすか。おまえの、素直な気持ちが」

 

――あすかは、なにも言えず、またひたすら、背中をグリグリ。

 

「気が済むまで――ひっつけよ。せっかくだから」

 

「うん。ひっつく」

 

「おおーっ、素直」

 

「……おにーちゃん、あったかいから。だから、すなお」

 

「なんだそりゃ。」

 

「あんまり、わらわないでよ……」

 

「はいはい。よしよし、あすか」

 

「……もうぅ。」

 

 

妹の、ギューッとするちからが、強くなる。

 

どこまでギューッとされたって、痛くなんかない。