生徒会室にお邪魔している。
2年生の書記の子の苗字が、うろ覚えだったので、
「――丸くん、だったっけ?」
と訊く。
「ちっ、ちがいます」
若干うろたえながら、彼は否定。
「だよね。違ったよね。『丸』だったら、巨人軍のバッターだ」
「はあ……」
「――じゃあ、丸井くん、か」
「ちっちっちがいます」
「え!? 違った!? ゴメン」
「……丸山です」
つとめて冷静に、彼は答えた。
そっか。
丸山くんだったかー。
憶えなきゃ。
「徳山さんとの夏期講習、とっても、楽しかったよ」
いかにも楽しげに、生徒会長・小野田さんが言った。
「彼女と、距離が縮まった実感ある」
「それはよかったねぇ小野田さん。フレッシュネスバーガーさまさまだね」
「まさに。何度も徳山さんとは、フレッシュネスをして」
何度もいっしょにお昼ごはん食べたのかー。
親密度、上がったんだな。
「――文化祭のスタッフにも誘ったんだけど、」
エッ、ホント!?
「すぐに、突っぱねられちゃった」
「……そうなんだ。まぁ、仕方ないか」
ホワイトボードの横に立っていた、副会長の濱野くんが、
このタイミングで、なぜか、咳払いをした。
その咳払いを面白がるみたいに、小野田さんが濱野くんを、横目で見る…。
「文化祭といえば――」
わたしに向き直って、
「毎年、キャッチコピーが要(い)るんだよね」
たしかに。
毎年、キャッチコピーは、ある。
「――で、」
小野田さんはジットリとわたしを見て、
「あすかさんに……『コピーライター』になってほしい、という目論見も、あったの」
あーっ。
わたしの、『作文オリンピック』銀メダルの実績を買って――ってことね。
でも、
「過去形だってことは――」
「そう。
あすかさんに依頼しようと思っていたら、その前に、生徒会室の入り口にある『目安箱』に、大量の『コピー案』が投函(とうかん)されていて」
「――ひとりで、大量に?」
「そうなの。ひとりで何個も、案を作ってて。
上質な紙に、無骨な文字で、縦書きで、10個以上も」
「……よっぽど、キャッチコピーに、熱意があったんだね」
「個人情報保護の観点から、『だれが書いてきたのか』は、言えないんだけど。
ともかく――緊急で、コンペにして、投函された案のなかから、決めちゃった」
「よかったじゃん。早くコピーが決まって」
「あすかさんは……コピーとか、考えたくなかった?」
「依頼されれば、その気になっただろうけど……話を聴いてると、わたしの出る幕なんて、なかったみたいだし」
…頬杖をついて、うっすらとした笑みを浮かべて、
「せっかくだから、あすかさんにも、なにか協力してほしいと、思ってたんだけどね。
…そういった経緯があって。
あすかさんには……精一杯、バンド演奏をがんばってほしい」
「うん。がんばるよ、小野田さん」
「曲目はもう、決まってたり?」
「だいたいね」
「すごいなあ。楽しみにしてる」
小野田さんに、笑い返して、
「わたしのほうも、楽しみだよ――生徒会の、新企画が」
「あー、フリーダンスのこと?」
「そうだよそうだよ」
おもむろに取材ノートとペンを取り出して、
「きょうは実のところ、それについて訊きに来たんだよ」
「取材の、メインテーマ?」
「ずばり」
小野田さんは、流し目をホワイトボードのほうに送り、
「フリーダンスのことだったら、濱野くんを窓口にしてもらったほうがいいよ」
「え、そうなんだ」
「フリーダンスは濱野くん主導だから」
「濱野くんの発案だったの!?」
と言って、わたしは濱野くんのほうを見る。
「ち、ちがうよ」
と答える濱野くん。
わたしは追及を緩めず、
「でも小野田さんは、濱野くん主導だって」
「あくまで、合議の結果さ。そもそもの言い出しっぺも、会長だったんだし。……だよな? 会長」
「肉付けしたのは濱野くんなんじゃん♫」
「そ、それはそうかも、しれないけどっ!!」
濱野くん――なぜだか、慌ててるというか、焦ってるというか。
「濱野くん」
わたしは言う。
「時間も無限じゃないから――とっとと取材に入らせてもらうけど」
「おれに!?」
「うん。濱野くんに」
「そんな」
「――ダンスの曲目は、もう決まったのかな?」
「え、もしかしてこれ、もう取材が始まってるってこと…」
「だよ。だから、質問に答えて」
テンパる、イケメン顔。
濱野くんが、イケメンなのは、揺るぎない。
揺るぎないけど、個人的には、ゾーンに入ってこないイケメン顔、なのだ――。
――じゃなくってっ。
「どう? 曲は、決まった??」
「ぜ、絶賛検討中なんだ」
「グズグズしてると、当日が来ちゃうよ??」
「ぐっ……!」
「濱野くんはさぁ、」
「……?」
「濱野くんは……『優柔不断が似合わないオトコ選手権』に出られるんじゃないかと思うんだけど」
「どどどういうことッ!??!」
「だーかーらー、グズグズするもんじゃない、ってことっ!」
作為的に、取材ノートを閉じ、
「いまのままの濱野くんだと――女の子は、だれも踊ってくれないな」
瞬時に濱野くんが、
「そそそそれはこまるっ」
――絶叫したかと思いきや、テーブルに両手をついて、
わたしに急激に顔を近づけてくる、彼。
少しわたしは、ビビったけれど、
元来、こういうタイプの男子には物怖じしないんだから、
「……だれかさんと、踊りたいんだあ、濱野くん」
「……あすかさん、『きみじゃない』、よ」
「……そんなことぐらい、わかってるよ」
「……」
「……」
「…あのさぁ濱野くん。『きみじゃない』って言ったからには、踊りたい対象が、存在するってことだよね??」
なんにも言わず歯噛みする濱野くんに、
「いっしょに、後夜祭のとき、フリーダンスで踊りたい相手――『意中の女子(ひと)』が、いるってことじゃん」
「あすかさん……」
「どしたの~? 深刻すぎる声で」
「きみの、校内スポーツ新聞は……ゴシップも、取り扱うのか……!?」
「――顧問の先生に、怒られない程度に。」
「じ、自由な校風も、ここまで来ると……!!」
「生徒会がちゃんと自治しないからだよ」
「してるつもりなんだよっ!!!」
「わっ、ビクッた」