放課後になった。
いつものごとく、KHKの活動をするぞ~、と、旧校舎にまっすぐ向かった。
小走りで、入り口に近づく。
足を、旧校舎に踏み入れる。
このまま、【第2放送室】へと、ダッシュだ――と、足を早めようとした、
そのときだった。
横からやってきた男子生徒にぶつかった。
転ぶかと思った。
すんでのところで踏みとどまり、壁に背中をつける。
ぶつかった弾みでよろけた男子生徒が、ゆるりとからだを起こす。
よーーく見知った顔。
「危ないじゃん――黒柳くん」
壁に背中を張り付けたまま、黒柳くんに対し、注意する。
「ごめん――ケガとか、しなかった? 板東さん」
「――そっちこそ。」
「ぼくは、なんてことないよ」
はにかむように、黒柳くんは、
「気づかってくれて、ありがとう、板東さん」
――わたしは壁にひっついたまま。
なぜかというに――、
深呼吸が、したい。
すごい勢いで、黒柳くんにぶつかった。
だから、呼吸が乱れてる。
こういうふうに、男の子と、からだがまともにぶつかるなんて、
学園マンガの世界だけの話だと思ってた。
大事故。
よりによって、
黒柳くんと、
衝突事故。
「……黒柳くん。先に、【第2放送室】、行って」
「え、いっしょに行こうよ」
「やだっ!!」
「板東さん……??」
彼の顔、
いっさい、見られない。
見る勇気なんて、存在しない。
× × ×
彼はおとなしくわたしの言ったとおりにした。
壁にひっつき続けのわたしだけ取り残される。
ひたすら、深呼吸した。
何回深呼吸したか、わかんない。
【第2放送室】、行かなきゃ……と思うけれど、
こころがうまくスタンバイしてくれない。
× × ×
やっとのことで入室できた。
羽田くんが、まだ来てない。
わたしと黒柳くんの『ふたりぼっち』が、持続する。
羽田くんのせいで、ふたりぼっち。
バカ。
「羽田くん遅いねえ」
のんきなものね……黒柳くんは。
「…あ、板東さん、ほんとにケガはなかった?」
「……」
「どこか、痛めたり、とか」
痛いわけ、ない。
ただし、痛みがないのは、肉体限定。
胸の奥が、精神(こころ)が……いまだに、疼(うず)いている。
おだやかに笑って、彼は、
「大丈夫そうだね」
と言うけど、
ぜんぜん大丈夫なわけないじゃん。
KHKの男子、
ふたりそろって、バカ。
「――読書テーマの番組制作、進めたいよね。どういう形式の番組進行にするか、決めちゃおうか?」
「……」
「でも、ふたりだと、多数決にならないな。形式を決めるのは、羽田くんが来るのを待ってからだな」
「……」
「待ってるあいだ、どうやって時間、つぶそうか」
……つらいから、わたしは、
「外の空気吸って……時間つぶしてくる」
「え、なんで?」
「黒柳くんに理由を言う理由なんてない……!」
一目散に部屋を出た。
体温が、確実に、上がっている。
外に出たら、体温が下がるかどうか……それは、わかんない。
たぶん、いまの体温、37度近く。
黒柳くんにぶつかったぐらいで微熱を出す――じぶんが憎い。
予想外だった。
ぶつかった対象が、黒柳くんなのに、
こんなにも、火照(ほて)るなんて。
やがて――向こうから羽田くんが歩いてくるのが、視界に入ってきた。
羽田くんの進行方向とは逆に、わたしは、突っ走り始めた――。
全速力で羽田くんの横を通過した。
『廊下は走っちゃダメですよ!』みたいに、羽田くんが声をかけてきたかどうか、
いっさい、記憶にない。
× × ×
KHKの会長たるわたしは、放課後の活動を、放棄した。
× × ×
どうしよう。
どうしよう。
もうすぐ、晩ごはんになる。
『いまは食べたくない』って、できれば言いたかった。
でも、
『いまは食べたくない』って、言ってしまったら、
ぜったい、家族が心配する。
『お腹でも痛いの?』とか。
『食欲ないの?』とか。
腹痛でも食欲不振でもない。
ありえない。
そして――、
晩ごはんの食卓で家族と顔を合わせるのがつらすぎるぐらい、
悶々(もんもん)とし続けている、わたし自身が、
ありえない。
FMのくせに、パーソナリティが長々と陽気にしゃべくり続けている。
我慢ができなくなり、
…黒柳くんのからだにぶつかったせいで、
なにがなんだか、もう、わからなくなってきてる。
部屋のLEDを消す。
…だめだ。
部屋の明かりは消せても、
黒柳くんの感触が、どうしても、どうしても、消せない……。