8月に入ると、夏休みも折り返しの気分になる。
夏は、あっという間に――過ぎていく。
ことしの夏は――とくに。
慌ただしい夏。
遊ぶことなんて、考えられないからだろうか。
大学受験。
『受験は夏が勝負!』なんて、何十年も前から使い古されたキャッチフレーズがある。
わたしはこのキャッチフレーズが……嫌いだ。
どういう根拠があって、『夏が勝負!』だというのか。
でも……。
夏真っ盛りのなか、
『受験は夏が勝負!』
というキャッチフレーズが貼られた、都内某予備校に、わたしはきょうも通う。
夏期講習。
『夏が勝負!』というフレーズを嫌いながら、夏期講習をみっちりと受講している……。
そんなわたしは、どのくらい矛盾してるのだろうか?
……『夏が勝負!』にはイライラするけど、夏期講習は受けておきたい。
……みなさんは、『受験は夏が勝負!』について、どう思われるでしょうか!?
× × ×
夏期講習でいちばんストレスフルなのは、
わたしの学校の現・生徒会長である小野田さんが、
わたしといっしょのクラスで授業を受けていることだ。
未だに尾を引く悔しさ。
去年――生徒会長選挙に立候補して、
小野田さんと選挙戦を繰り広げ、
あえなく、負けた。
同一の空間。
うとましい小野田さんが席に座ってニコニコしているのが視界に入ると、
うっとうしさが増幅される。
わたしはただのクラス委員長。
彼女は天下の生徒会長。
わが校は現在、
『生徒会長:小野田さん、副生徒会長:濱野くん』
の体制である。
小野田=濱野体制……。
副会長の濱野くんは、わが校で3本の指に入るほど、女子人気がある。
つまり、イケメン。
イケメンだけが理由の根拠にはならないんだろうけど、
やっぱり、決め手は、イケメンだ。
――そんなに、ほかの女子は、『オトコは顔』的な信条を持ってるっていうの?
――どうでもいいけど。
わたしがムカムカするのは、校内行事とかで、小野田さんと濱野くんが並び立っているのを見るときだ。
小野田さん……イケメンを侍(はべ)らせるみたいにして、ご満悦そうにしてるよね、いつもいつも。
小野田さん&濱野くんという、とってもムカつく取り合わせが、脳裏に焼き付いている。
とくに、濱野くんのとなりで、小野田さんが余裕しゃくしゃくに微笑んでいるヴィジョンが、わたしを追い詰める。
いまは濱野くんはいないけれど、受験のプレッシャーなんて感じていないがごとく、小野田さんはいつもの余裕顔をニコニコさせて、わたしから少し離れた席についている。
つい、長々と、彼女に視線を合わせてしまう。
視線を注ぎ込んでしまっていたら――、
わたしの嫉妬を察知したかのごとく、
こっちに顔を振り向かせ、
細めた眼で、不快なくらい柔らかな笑顔を見せつけてきたかと思うと――、
手を、ヒラヒラと振ってくる。
わたしに向かって手を振るとか――教室でなにやってんの。
× × ×
午前の授業を受けただけで、疲労困憊になってしまった。
…同じ教室に、小野田さんが存在するせいだ。
わたしだって、年がら年中、他人(ひと)のせいにするような、そんな人格なわけではないんだけど、
この夏期講習のあいだは……積極的に、小野田さんに責任転嫁(せきにんてんか)をしていこうと思う。
もちろん、わたしのなかだけでの話。
面と向かって『あなたのせいで講習がはかどらない』とか言うようなマネは、するわけがない。
わたしのこころの内側だけで、密かに呪ってあげるんだから……とかなんとか、消耗した思考回路で考えていると、
小野田さんが――わたしの席のほうに、ずんずん近づいてきている。
え。
なに。
「午前中、おつかれさま。徳山さん」
いきなりわたしをねぎらってくる小野田さん。
なにこれ。
「同じ教室にあてがわれたのも――なにかの運命なのかな」
――なにカッコつけたことば言ってくるのよ。
「ふたりで、がんばろうね」
ふたりで!?
ふたりで、って、言った!?
卒業まで、あなたと助け合いする気なんか、これっぽちもないんですけど。
無言で、顔をしかめていたら、
「せっかくだから――もっと徳山さんと仲良くなりたい。わたし」
そんなふうに言ってくるから、
とうとうカチンときて、
両手でバァン、と机を叩き、立ち上がり、
彼女から眼を逸(そ)らして、うつむきながら、
「願い下げ!!」
と叫んだ。
声が大きかったので、教室にピリピリとした緊張が走る。
わたしと小野田さんのほうに、視線は絶対に向けられている。
……小野田さんは穏やかな口調を崩さず、
「痴話喧嘩でもしてるんじゃないか、って――誤解されちゃうよ」
ぷつん、と糸が切れたみたいに、一気にムカムカが押し寄せてきて、
頭に血がのぼるような感覚すらおぼえ始めて、
「冗談やめて。
痴話喧嘩って……あなたねぇ。
冗談にも……限度があるでしょ」
他の子の注目を浴びるなか、
早足で教室から退出する。
もうつきあってられない……られないし、あんな娘(こ)と同じ教室で長時間居ることが、耐えられない。
午後からの授業に出たくない。
逃げることしか……考えられなくなった。
しかし、
「徳山さん、待って!」
と、
背後から声を……ぶつけられる。
小野田さんも、すぐさま教室から出てきていた。
「痴話喧嘩発言は――ごめんなさい。謝る」
後方から謝られて、
廊下を歩く足取りが…鈍くなる。
心配そうな声で、
「なにも持たないで教室出て、だいじょうぶだったの?」
背を向けたまま、
「…どういう意味よ」
「貴重品とか、席に置いたまま――」
「…なにを言うかと思えば。財布ぐらい、携帯してるわよ」
「――よかった。」
彼女の安堵に、思わず振り向いて、
「……なんであなたがそんなに安心するわけ」
「だって、同じ学校でしょ?」
「……だから?」
わたしの威嚇射撃にもひるまず、ことばの溜めを少し作ってから、
「生徒会長選挙を――共に戦った仲じゃないの」
「――なによ、それ。
カッコつけ?
わたしはどうせ、負け犬よ……」
ふたたび、早足。
階段を下りる。
ストーカーのようについてくる小野田さん。
「…どこまでわたしを追いかける気」
距離が離れたからか? 小野田さんからの返答がない。
予備校のエントランスを出る。
……空腹を覚えている。
早く、昼食をとらないと、午後の授業開始に遅刻する。
あらかじめ、昼食のお店は、決めていた。
――フレッシュネスなハンバーガーショップの看板が、視界に入ってくる。
もう、小野田さんを撒(ま)くことが、できたはず。
小走りだったし、彼女は置いていかれたことだろう。
だいじょうぶ。
きっと背後に、彼女の姿は、ない。
もう、だいじょうぶだよ――わたし。
逃げ切れた。
――そのはずだった。
確信していた――、
『徳山さん、あなたもフレッシュネスに行くつもりだったの?』
――彼女の、小野田さんの、そういう声が、聞こえてくるまでは。
「――こんなとこまで、ストーキングしてきたわけ!?」
「大げさだよ~、徳山さん」
「大げさじゃ…ないでしょっ」
「わたしも、お昼はフレッシュネスしたかったから」
「……」
「フレッシュネスに行こうとすると、自然と、徳山さんを追いかけるかたちになっちゃうんだよ」
「説得力……皆無」
「――これも、なにかの、縁(えん)だよね」
「か、勝手に縁(えん)だって思っててよっ。あなたなんか相手にしないんだからっ、わたしは」
ムシャクシャしながらどんどんフレッシュネスなバーガーショップの入り口に突き進んでいくわたしに、
「ひとりでフレッシュネスしちゃうの――徳山さん?」
「……なにが言いたいのよっ」
「せっかくなんだからさ~、ひとりより、わたしといっしょにふたりでフレッシュネスしたほうが、楽しいよ。
ふたりでフレッシュネスして、リフレッシュしようよ~~」
「こ、
こ、
この、オトボケ生徒会長っっ」
「あはは~~♫」