【愛の◯◯】姉の本棚と積ん読タワーと

 

黒柳さんの発案で、『読書』をテーマにしたテレビ番組を、制作することになった。

 

 

ぼくは、図書館に取材に来ている。

 

司書の先生と話す。

 

どんな本が借りられているのか訊くと、

「そりゃー、幅広いわよ。

 小説だったら、ライトノベルから、純文学まで。

 難解な哲学書を読む子もいるわね」

 

…そうか。

それは、そうだろうな。

借りられる本は、幅広いに決まってる。

これは、もう少し、掘り下げていかないと……と思っていると、

 

「傾向、みたいなのは、あるわね」

「えっ、傾向?」

 

思わず、訊き返す。

 

「そう。

 全体的に、どんなタイプの本にしても――、

『そこになにが書かれているのか』を、いちばん重視して、生徒はみんな、本を選んでいる気がするの」

 

「……。すみません、よく、わからないです」

 

「素直ね。羽田くんは、素直でいい生徒ね」

 

なぜか、ホメられた。

 

「――ああ、そうだ。それと。

『すぐ答えを知りたい』っていう子が、多い気がする」

 

「それは、どういうことですか?」

 

「後々(のちのち)になってジワジワ効いてくるというか…そういった本より、

 すぐに役に立つような本を、好む」

 

「すぐに、役に立つ……」

 

「『若さ』の、あらわれなのかしら」

 

……司書の先生は、なんだか、微笑ましそうな表情だ。

 

 

× × ×

 

司書の先生のお話は、正直、漠然としていて、すぐさま腑に落ちるようなものではなかった。

 

『すぐに役に立つ』話ではなく……、あとになってから、腑に落ちるような話だったような気もする。

 

 

「……アドバイスとか、もらった? たとえば、読書会をするとして、その進めかたをどうすべきか、とか」

板東さんに言われてぼくは、

「すみません……そこまで話が、行きませんでした」

 

じぶんを扇いでいた団扇(うちわ)をぽーっ、と放り出して、

「もーっ、なにやってんのーっ」

と、板東さんは怒る。

 

「いずれわたしたちも卒業しちゃうんだから、もっとしっかりしてもらわないとダメだよ!?」

 

……おっしゃる通りです。

 

「――かんしゃく持ちだなあ、板東さんは」

彼女をなだめるように、黒柳さんが言ってくれる。

 

「黒柳くん!? なに言うの」

「ほら、そうやって、すぐ突っかかるところ」

 

ズバリと言われて、彼女は少し沈黙。

よし。

 

「あんまり怒ってる場合じゃないと思うよ。企画を前進させていかないとね」

正論!

 

「…2択だと思うんだけど。本を指定して、読書会形式にするか。あるいは、めいめいが好きな本を持ち寄って、その本について、語ってもらうか」

い、いつになく多弁だ。

 

「――わたし個人の意見としては、」

板東さんが言う、

「参加者のみんなに本を持ち寄ってもらって、その本への『想い』を語り倒してもらうほうが、いいと思うんだけど」

 

「あ、ぼくも、そういうスタイルのほうが、いいと思います」

 

虚を突かれたふうに、

「エッ、羽田くんも――わたしと同意見」

「同意見ですね~」

「――意外ッ」

「意外ですか? いいじゃないですか。ぼくと板東さん、気が合うってことで」

「羽田くん……」

 

 

× × ×

 

 

姉の巨大な本棚をジーーッと見ている。

 

読んだ本のひとつひとつに、姉の『想い』が――刻み込まれてるんだろう。

 

 

「ずいぶんと長く本棚を眺めてるわね」

後ろから、姉。

「わたしに取材したい、とか言ってきたと思ったら」

 

「…ひとつ質問」

「どうぞ?」

「お姉ちゃんには…この本棚の、ひとつひとつの本が、大事?」

「え、言うまでもないじゃない、そんなこと。大事に決まってるわよ」

「じゃあ、ひとつひとつの本のこと、よく、憶えてる?」

「うん。……雑な憶えかたは、してないと思う」

「雑な憶えかたは、してない……」

「テキトーに読んでるわけじゃないってことよ」

「――そっか」

 

ぼくは眼を転じて、

積ん読タワーは、低くならないね」

「読みたい本が減らないからよ」

「さすがの知的好奇心だ」

「でしょぉ~~♫」

 

床に腰を下ろす。

姉を見ると、軽く背伸びをして、

「――バイト代が入ったら、またいっぱい本が買える。うれしいっ」

積ん読タワーを、崩壊させないでよ」

「そこは気をつける」

 

部屋を見回して、

「お姉ちゃんの部屋は――積ん読タワーの部分以外は、きれいに整理整頓されてるよね」

「? なにがいいたいの」

積ん読タワーのところだけ、雑然としているのが……なんだか、『玉にキズ』で。

 そこが……『かわいい』と思う」

!?

 

眼を大きく見開き、ほっぺたを赤くして、

「『かわいい』って……なにが!? だれが!?」

と、うろたえる。

 

ぼくは答えてあげない。

 

「と、利比古っ、ちょっと」

 

積ん読タワーに、ふたたび近づき、

タワーのいちばん上に積まれた本の表紙を、凝視する。

 

「ちょちょちょちょちょっとちょっと、むやみに触るとタワーが崩れちゃうでしょっ」

「焦りすぎだよ、お姉ちゃん」

 

ぼくだって――本の扱いには、細心の注意を払うんだ。

 

タワーを崩さないように、てっぺんの本を、手に取ってみる。

 

姉はハラハラした声で、

「ど、どうしたいの……!? それを」

「いや、タイトルが、気になって」

「読む気?」

「読むかな」

 

「とっ、利比古に先に読まれるの、なんかヤダ」

 

わがままだな~~っ

 

「だって……」

「だって、なに? ――お姉ちゃん」

「……」