学生会館5階にある、
入室してみると、
・新田くん
・大井町さん
のふたりしかいない。
「上級生のひとはいないの?」
訊いてみると、
「久保山幹事長がいたんだけど、漫画雑誌を買うとかで、コンビニに行ってしまって……」
と、大井町さんが答えてくれた。
すかさず、新田くんが、
「きょうはサンデーとマガジンの発売日なんだ。だから、買いに出たんだと思う」
と言い添える。
そっかー。
水曜日は、週刊少年サンデーと週刊少年マガジンの、発売日――。
たしかにそうだったわね。
漫研の空気に溶けこんだおかげで、無知だったわたしも、漫画雑誌の発売スケジュールを、だいぶ把握できるようになった。
「幹事長、戻ってきたら、きっと俺たちにサンデーとマガジン読ませてくれるよ」
笑って言う新田くん。
それは楽しみ。
他方、大井町さんはというと、
わたしにも新田くんにも視線を合わせることなく、
サンデーやマガジンなど、どこ吹く風……といったご様子。
……しょうがない娘(こ)だ。
× × ×
大井町さんは、スケッチブック、
新田くんは、大学ノート。
すっかりおなじみの、ふたりの持ち物。
大井町さんは、絵本作家。
新田くんは、漫画家。
お互いに、夢を見て……。
いつものように、新田くんは、大学ノートに、なにやら自作漫画の構想を書き込んでいる。
「こんどは、なにジャンル?」
わたしが訊くと、
「グルメ漫画」
と答えてくれる。
キャラクターデザインのようなものを描きながら、
「『ミスター味っ子』って漫画を全巻読んだんだ。
80年代後半に、週刊少年マガジンに連載されていて、
アニメ版も、非常に有名でね」
「――グルメ漫画、なの?」
「そうだよ。ミスター味っ子……味吉陽一っていう少年が、いろんな料理を作って、ライバルたちと勝負するんだ」
「主人公の、ミスター味っ子が、料理人なのね」
「そういうこと」
「読んでいて、インスパイアされちゃったんだ」
「そういうことさ。……非常に迫力のある描線(びょうせん)なんだ。グルメ漫画的要素だけでなく、絵柄も熱いんだ」
「絵柄……。」
「寺沢大介っていう漫画家なんだけどね。
『ミスター味っ子』のあとで、『将太の寿司』や『喰いタン』っていう、同じく料理系の漫画で、ヒットを飛ばしている」
「へ~っ。いわゆる、ヒットメーカーなのね」
「……『味っ子』のときの寺沢大介は、若さあふれる絵柄なんだ」
「?」
…新田くんは、巨大な漫画本棚から、『ミスター味っ子』と『将太の寿司~全国大会編~』の単行本を取ってきた。
どっちも、あったんだ。
「ふたつの絵柄を見比べてみてよ」
「――あっ! キャラクターが、ぜんぜん違う」
「『将太の寿司』の全国大会編ではもう、描線が細くなって、スッキリした絵柄になってるんだよね」
わたしは、『ミスター味っ子』のページをめくりながら、
「『味っ子』のほうは……なんだか、画(え)が浮き上がってきそう。そんな迫力」
「面白いこと言うね羽田さんは」
「それほどでも」
「どっちの絵柄がいいのか……とか、そういう問題じゃないんだけど、ね」
「…問題なのは新田くんよ」
――突然だった。
声の主は、大井町さん。
大井町さん――、
新田くんが問題だ、という、問題発言っ!?!?
大井町さんの思わぬ煽(あお)りに、
空気が固まり、
新田くんとわたしも、固まってしまう。
とくに、
新田くんは、
眼を泳がせて、口をパクパク……!
「ぜんっぜん、前に進んでないじゃないの。『ミスター味っ子』とかの話ばっかりして……」
煽り続ける大井町さんは、
「漫画を語っているヒマなんてあるの新田くん!? 口ばっかり達者で、手はぜんぜん動いてない……!」
…とどめを刺すように、
「口を動かしてないで、手を動かしなさいよ」
うわぁ……。
創作者志望が、いちばんダメージを食らう、ひとことだ。
うなだれる、新田くん。
痛そう。
ペンを卓上に置いて、
開いていたノートを、裏返しにして、
うつむきにうつむく。
新田くんのHPがどんどん下がっていってる……!
――どうしよう、わたし??
新田くんを、なぐさめればいいの?
大井町さんを、たしなめればいいの?
――たぶん、どちらの選択肢も、満点解答じゃない。
ふたりの様子を、交互に見るけれど、
最適解は、ひらめけない。
修羅場の様相を呈してきた。
わたしの、困惑の度合いが――高まりまくっていたところに、
『ガチャ』と、ドアノブを、回す音。
久保山幹事長だ……!!
「サンデーとマガジン買ってきたぞい。どっちか読みたいひといる?」
「か、幹事長っ」
「ん? 羽田さん、どした? そんな青い顔になって」
「……」
「なんか、あった?」
「……ありました、ありまして、」
……すがりつく対象は、
久保山幹事長なのか、
はたまた……。
……苦し紛れに。
「と、とりあえず、新田くんと大井町さんに、サンデーとマガジンを、読ませてあげてください」
「それは……どっちがサンデーで、どっちがマガジン?」
「か、幹事長に、任せます!」
「――よしきた」