【愛の◯◯】ドキドキという動悸の動機……

 

あたし、日高ヒナ。

とある高校の1年生。

スポーツ新聞部所属。

身長は、いくぶん低めの、153センチ。

兄から、『ヒナ子』と呼ばれているのは、ここだけの、秘密……。

 

× × ×

 

 

「ヒナ子~~、ちょっといいかあ」

 

兄が勝手にあたしの部屋に入ってきた。

 

「お兄ちゃん、いい加減、学習してよっ!」

「学習? なにが?」

「なんで、ノックもせずに、あたしの部屋に入ってくるわけ!?」

「あー」

 

あー、じゃないよっ。

 

枕を投げつけてやろうか、とも思ったけど、

自重。

 

「女の子の部屋なんだよ!?」

「それが?」

「ば、ばか」

「わー、ヒナ子が『ばか』って言ってきた」

言うよっ!

「うお」

「ノックするとか、そういう心配りのかけらもないんだから――だから、いつまでたっても、カノジョができないんだよ」

「――痛いところを突くのな、ヒナ子も」

 

「それで用件は」

「校内スポーツ新聞のバックナンバーを見せてくれ」

「え~っ」

「なんだ、不機嫌になりやがって」

「…お兄ちゃん、もう卒業生じゃん」

「卒業生『だから』、だ」

「……むぅ」

「お子ちゃまな反発だな~、ヒナ子~~」

っるさい

 

雑に、勉強机からバックナンバーを取り出して、

「お好きに」

と兄に手渡す。

 

「……ほう」

「ちょちょっと、ここで立ち読みしないでよっ」

「……フムフム」

「聴いてるの!?」

「男子部員が……ふたり、か」

 

「そ、それがどうかしたのっ」

 

紙面を指さしながら、

「この記事書いてる『会津くん』って子は、おまえと同級生なんだよな」

 

「そ、それが…どうかしたのっ…??」

 

「や、」

兄はウザい笑みを浮かべ、

「同級生に男子がいて、良かったな、って」

 

「…良かった、って、なにが」

「きまってるだろ」

「なにが、なにがきまってるのっ!!」

 

兄の笑顔がウザすぎて、

 

出てって!! 新聞は、じぶんの部屋で読んでっっ」

 

× × ×

 

 

はぁ。

 

あ~~~っ…。

 

 

…勉強机に突っ伏して、会津くん絡みでからかってくる兄を、呪う。

 

『同級生の男子部員がいる』という事実に眼をつけて、冷やかしてくる。

兄のそんなところは、キライだ。

 

 

 

会津くん……。

 

 

 

……ベッドの枕もとに、ぬいぐるみを置いている。

 

会津くんが、この前の夏祭り、くじ引きで当ててくれた、キャラクターぬいぐるみだ。

 

エクレーるん』という名前の、キャラクターである。

その名のとおり、

エクレアのかたちをした、キャラクター。

でも手足が生えてる。

エクレアに、手足が生えてる……。

 

エクレーるん。

どんな外見かは、読者のご想像に、おまかせします。

(ほんとは、こういうことを、読者の想像におまかせしちゃ、ダメなんだけどね)

 

手足は、生えてるけど、

エクレーるん……けっこう、かわいいよ。

 

 

……エクレーるんを、持ち上げてみる。

 

『これが、会津くんとの、思い出の、証拠……』

 

にわかに、そんな想い、が、やってきて、

背中に冷や汗が流れる。

 

冷や汗が流れるくらいドッキリとしてしまったのは、

あの日の、夏祭りの日の『』を――、

想い起こしてしまったから。

 

 

アメちゃんとか、クッキーとか、チョコとか、

1学期は、会津くんに、あたしのほうから、

『あげてばっかり』だった。

 

いろいろなお菓子を、あたしから『あげた』けれど、

会津くんのほうからは、なにも、『くれなかった』。

 

だから、だから、

夏祭りの日の、あの、くじ引きで――、

彼が、景品のエクレーるんを当ててくれて、

あたしにあげるよ、って言ってくれた瞬間、

すっごくうれしかった。

胸がいっぱいになった。

 

ようやく――、

彼のほうから、あたしに、

『与えてくれた』、から。

 

与えてばっかりだった。

与えられることはなかった。

 

あたしから彼への、一方通行だった。

 

あたしから彼に、与えるばかりでなく、

彼からあたしに、与えてくれる。

 

そういう、『与え合い』の関係に……ようやく。

 

 

……なに、抽象的なこと、考えてんだろ、あたし。

 

 

でも、

こういう抽象的なことを考えられるようになったのは、

成長の、裏づけ……なのかな。

 

こういうことを考え続けるのも……苦しいんだけど。

 

 

夏祭りのことで、もうひとつ。

 

ソラちゃんの様子が、少しヘンだった。

 

『少し』をつける必要がないぐらい……ヘンだった。

 

ソラちゃん、

お祭りのあいだじゅう……会津くんと、ほとんど眼を合わせてなかったと思う。

 

彼の左サイドにあたし、

彼の右サイドにソラちゃん、で、

会津くんを完全にサンドイッチ状態で、歩いていたから……、

気づいちゃって。

 

どうしてだったんだろう?

 

あたしの知らないところで、ケンカしてたのかな?

 

――ケンカは、ありそうだけど。

お互いの書いた記事をめぐって、張り合うふたりだから。

 

だけど、

張り合い、とは――ちょっと違うんじゃないか、っていう思いが、あたしは強い。

 

まるで、ソラちゃんのほうが、

会津くんから――逃げてる、みたいに。

 

逃げる理由があるとしたら……なに??

 

うまくことばで言い表せられないな。

 

でも、なんだか、言い表してみたいような気になる。

 

親友のソラちゃんの異変は、イヤでも気になっちゃうし。

 

 

お祭りで、ソラちゃんは、なんで会津くんの顔を、まともに見られないばっかりだったのか……。

 

 

……、

顔を、見られない、って。

 

それって。

恥ずかしい……って、ことなんじゃ。

 

なんで、ソラちゃんが、会津くんに対して、『恥ずかしい』っていう気持ち、持つの。

 

顔を、まともに見たら、見てしまったら、

心臓がドキドキするとか――。

 

 

そんなバカな。

 

 

そもそも、キッカケがわかんないよ。

というか、キッカケなんて、ないでしょ。

 

 

……しだいに、

あたしは、

キッカケ、について考えるのが、怖くなってきていた……。

 

 

「な、ないよ、ないでしょ、ないよね、キッカケなんて。

『そんなキッカケ』、あったら、困っちゃうよ。

 そう、ソラちゃんに、あったら、キッカケ――」

 

いつの間にか、つぶやきが漏れ出していた。

 

ひとりでに。

 

 

動悸が高まる。

 

 

やばい。

動悸が止まらない。

 

たまらず、エクレーるんを、胸に押し当てる。

 

エクレーるんも、動悸を止めてはくれない。

 

勉強机の端っこに置いた手鏡の存在に気づく。

 

急いで、手鏡を裏返す。

 

窓にうつる、じぶんの顔すら怖くって、まっ昼間(ぴるま)なのにカーテンを閉める。

 

 

エクレーるんを抱いたまま、ベッドの上に、転がりこむ……!

 

 

 

× × ×

 

 

……ソラちゃん。