やっぱり、馴れ馴れしすぎたのかな? わたし。
夏祭りのとき、
終始いっしょだった、利比古くんに対して、
タメ口の分量が、どんどん増えていって。
花火が打ち上がるころには、
もう、ほとんど、タメ口オンリーだった。
…お姉さん風(かぜ)、吹かせちゃったのかも。
ガラにもなく。
わたしの見た目――、
『利比古くんより年上の女子』だっていう雰囲気を、
少しも、かもし出してないし。
ぜんぜん、利比古くんに対して、『年上のお姉さん』に、
なり切れてないよ。
でも――、
ひとりでに、タメ口になっていて。
なんでだったのかな。
女子校中等部に入学して以来、同年代の異性との接触が、ほとんどなかった、わたし。
同じ高校生の男の子に、タメ口で話しまくったのは……もちろん、初めて。
× × ×
――実は、じぶんひとりだけで考えをこねくり回している場合では、ないのだ。
『金曜日になったら、勇気を出して、利比古くんに電話をかけてみよう』
そう決めていた。
そして、その金曜日がやってきていた。
…話したいこと。
まず、
タメ口とか、夏祭りのときの態度についての、釈明…。
それがまず、最優先事項だけど、
それだけじゃ、釈明だけじゃ、終われない。
× × ×
「――だから、馴れ馴れしかったと思って。花火のあたりから、タメ口オンリーだったのを、いまだに――後悔したり、反省したり、で」
スマホの向こうの利比古くんは明るく、
『金曜日まで引きずる必要もないじゃないですか。もう1週間経つんですよ?』
ん……。
「……引きずります。利比古くんがどう思ったか? って、どうしても気になっちゃうんです」
『川又さん』
「は、はい」
『ぼくは――現在(いま)、川又さんが敬語に戻っちゃってるのが、気がかりですよ』
えっ。
「ど、どうしてほしいんですか……!? 利比古くんは、わたしに」
あわてるように言うと、
『花火のときみたいなしゃべりかたで――しゃべってほしいです』
「だ、だけど、それってタメ口ってことで、馴れ馴れしすぎになっちゃう――」
『――馴れ馴れしいことの、どこが悪いんでしょうか?
余所余所(よそよそ)しいほうが、不自然じゃないですか』
あっ、
たしかに……。
『欲を言うと、もっと馴れ馴れしくなってほしいぐらいなんですよ――川又さんには。』
いま、たぶん、
スマホの向こうで、利比古くん、笑ってる。
反射的に、彼の笑顔を、思い浮かべ、
思い浮かべた笑顔のステキさに……、
戸惑う。
戸惑うけど……、
『戸惑ってるだけじゃダメなんだぞ、ほのか…』と、
じぶんでじぶんを、叱る。
「――わかった。敬語は、やめにするね」
『ハイ!』
「釈明のためだけに――電話をかけたわけじゃないの、わたし」
『話したいことが、いろいろあると?』
「……できるだけ、長電話にならないように」
『なってもいいですよ』
「……そうなの。通話料とか、気にしないのね」
『ハハ』
「あのね。…この前、誕生日のとき、郵送で、本をプレゼントしたじゃない?」
『あの本のことですか?』
「うん。……読んで、くれてるのかなー、って」
『そりゃー、読みますよー!!』
「ホント!?」
うれしくなるわたし。
『読んでます読んでます。もう読み終わりかけなんです』
「すごい……速読なんだね、利比古くん」
『とんでもない。元来、本を読むのは苦手なほうで』
「そうなの?」
『ですけど、なんといってもバースデープレゼントの本なんだし、はやく読み切らないと…という、使命感で』
「使命感……。立派なんだね」
『各方面からもハッパをかけられていて』
「各方面?? ハッパ??」
『――まあそういったことよりも、感想を聴きたいでしょう? 読んだ、感想を』
「そ、そ、そーね……。詩歌(しいか)のアンソロジーだったから、利比古くんピンとこないのかも、っていう不安ありありだったんだけど、その様子だと……感想、あるんだね」
『ぼくはですね、』
「うん、」
「――意外。」
『意外ですかー?』
「『邪宗門』が好きになるなんて、すごい……センス。」
『ホメられてるんですよね、ぼく』
「――うん。ホメてるよ」
『短歌も、いろいろ収録されてましたけど、』
「だれの歌が好きとか、あるの?」
『はい。斎藤茂吉の、若い頃の短歌が、気に入りました』
「――そうなんだ。」
「あなたも……文学青年になれる素質が、あるのかもね」
『とんでもないですよー』
……ここで、わたしは、呼吸を、ととのえ、
「ねえ」
『? なんでしょーかっ』
「これから、わたし……あなたに、ちょっとした『ワガママ』を言うんだけど、聴いてくれるかな?」
『聴かないわけがありませんよぉ』
「『ワガママ』っていうのはねっ、
つまり……その、
あさっての、日曜、
ごはんを食べに……出かけたいの」
『ぼくと、ですよね? それって』
「そ、そうだよ、『利比古くんと』が、抜けてたね」
『川又さん』
「な、なぁに」
『もっと、落ち着いてくれても、いいのに』
「…善処するよ」
『してください』
「……。
あなたとごはん食べに行きたいっていう、ワガママついでに。
あなたの、文学の素養を見込んで――、
本屋さんツアーが、してみたい」
『ツアー、ですか』
「某池袋の某巨大書店とかに行って、わたしがガイド役になって、いろんなフロアをまわって」
『――よっぽど、ぼくに、本を読ませたいんだ』
「あたりまえっ!」
『うわっ』
「今週最大のワガママ言わせて」
『……?』
「本は、読もうよっ!! 利比古くん」
『……まだまだ、不足してると?』
「そうだよっ!! ポテンシャルを活かそうよ」
『ポテンシャル――』
「いくらだって本を押しつけちゃうんだから――わたしが持ってる、本とか。」
『押しつけ女房?』
「あのねっっ」