【愛の◯◯】踏み込めないまま朝がまた来る

 

ヒナちゃんとわたしの1年生女子コンビは、布団を並べて、就寝前のひとときを過ごしている。

ヒナちゃんが、「電気消そっか?」と訊いてくる。

「いいよ」と答える。

真っ暗になる部屋。

かえって眠れない気もしてくる。

ヒナちゃんも、同じだったのか、

「……豆電球はつけとかない?」と言ってきたので、

「そうだね。ぜったい豆電球はあったほうがいいよ」と同意する。

天井を見上げていたら、豆電球がポッと灯(とも)った。

真っ暗闇じゃなくて安心。

「――修学旅行とほとんど同じだね」

ヒナちゃんがつぶやいた。

「ふたりだけの畳部屋だけどね」

わたしは軽くツッコミを入れる。

わたしたちの高校は、どうしてかわからないが修学旅行というイベントが存在しない学校なので、こういうお泊まり合宿は、貴重だ。

そしてこういうお泊まり合宿の就寝前のひとときといえば、女子だけの空間でしかできない秘密トークをするというのが定番。

いかにもヒナちゃんって、そういう秘密トークをするのが好きそう……と思っていたら、

「さっきお風呂入ったじゃん」

入った。あすか先輩・ヒナちゃん・わたしの3人で、銭湯のように大きなお風呂に入った。

ヒナちゃんが言いたいことを……うすうす感じ取ってしまう。

 

「あすか先輩のオッパイ――大きかったよねぇ」

 

やっぱり『そこ』ですか……ヒナちゃん。

「制服の上からじゃ胸って目立たないんだけど――大きいのはわかってた」

わたしもだよ、ヒナちゃん。

あすか先輩が脱衣所で服を脱ぐとき、少しだけドキドキしちゃった。

脱衣所でも浴場でも、わたしは気にしていないようなフリをし続けていたけど。

「……Dカップなのかな?」

素朴な疑問が思わず飛び出る。飛び出てしまう。

わたしの素朴な疑問に過剰反応するみたいに、

「Dカップどころじゃないんじゃない!? ひょっとしたら」

と声を上げるヒナちゃん。

「もうっヒナちゃん、そんなに興奮しちゃダメでしょ、あすか先輩の部屋まで声が届いちゃうよ」

「平気、平気」

……しょーがない子だなぁ。

「あたしのお母さんだって、あんなに大きなブラジャー持ってないよ」

ほんとうにしょーがない子のヒナちゃんは、余計なことばを付け足す。

 

「なんか眠れなくなってきたね」

「ヒナちゃんが、あすか先輩のオッパイとか言い出すからでしょ」

「仕方ないよー、あんなに破壊力があったら」

「破壊力って」

苦笑するわたし。

「お風呂での、あすか先輩のインパクトのことだけでも、じゅうぶん面白いんだけどさ」

「なに? ヒナちゃん、まだ話し足りないことでも?」

「うん。まだ積もる話はある」

積もる話って。

「――もしかして、『会津くんの悪口大会』、とか」

わたしが、とりあえず探りを入れてみると、

「すごいねソラちゃん。ちょうど悪口大会やりたいって思ってた」

「お泊まり合宿の定番でしょ、男子のいないところで、男子のことを話すのは」

「まあそんなところだね」

――楽しくなってきちゃった。

「わたしから先に、会津くんディスっていい?」

「OKだよ、ソラちゃん。ディスりまくろうよ、せっかくだから」

「ディスりまくりはしないけど……ついこの前、わたしが書いた大谷翔平の特集記事を見て、会津くんが渋い顔をして」

「なんで?」

「わたしの文章の書きかたが不満だったらしく」

「あー、会津くんのシブシブな顔が、浮かんできそうだわ」

「……『大谷を賞賛する表現が、紋切り型すぎないか』とか言ってくるんだよ」

「紋切り型? テンプレート的ってこと?」

「そういうこと」

「そりゃあ、会津くんの自信過剰でしょ。ボクだったらもっと上手に書ける! っていう」

会津くんの口真似うまい、ヒナちゃん」

「ソラちゃんよりぜったい上手に文章が書けるって、信じて疑ってないんでしょ、彼」

「自信満々なだけならいいんだけど、ちょっと攻撃的すぎなんだよねーっ」

「ねーっ。ヒドイったらありゃしないよねーっ」

「ねーっ!」

「……あたしも、ついさいきん、会津くんに攻撃されたことがあって」

「えーっ!? ヒドすぎるじゃん。わたしがいたら、懲(こ)らしめてたのに」

「テレビ欄への攻撃なんだけどさ、『スカパーのチャンネルまで網羅する必要なくないか?』って言ってきたんだよ、彼」

「なにそれ。網羅できるなら網羅したほうがいいじゃん。いまどき、スカパーのチャンネルがないと、プロ野球も満足に観られないのに」

「彼はそこらへんに対する理解が足りないんだよねー。会津くんはじぶんから進んで情報弱者になりたいんだね!! って、言い返してやろうかとも思ったんだけど」

「言い返すべきだったんじゃないのー? もったいないよお」

「でも、言い返せなかった」

「……」

「……言い返す勇気が、出なかったというか。言い返すのも気の毒かも……と、思っちゃったというか」

しだいに、ヒナちゃんの語りくちが、シリアスみを帯びてくる。

黙って耳を傾けることしか、できない。

「なんでだろ。素直になれないんだ。いちばん言いたいことが、言えないんだ。精一杯言おうとしても、あいまいなことば濁(にご)しになって……」

豆電球の明かりが、チカチカしてくる。

「たぶん、あたしが女子で、会津くんが男子だから」

 

女子と男子。

そういう隔(へだ)たりを、意識してしまったとたん、意識のし過ぎになってしまうような気がして。

この場でこれ以上――『男子の』会津くんに、踏み込むと、眠りにつけなくなるどころではなくなってしまうような気がして。

『腫れ物に触るような』、っていうたとえがある。

この状況が、『腫れ物に触るような』にどれだけ当てはまるかどうかは――もう少し日本語が得意にならないと、わからないけれど。

 

踏み込むと……たぶん、痛む。

互いに。

 

「ヒナちゃん」

豆電球のチカチカを避けるように、眼をつぶってから、言う。

「寝よっか。――朝は、早いと思うよ」

「……そだね」

彼女は、すぐに空気を読んでくれたけれど。

けれども。

眼を、つぶっているから……彼女がどんな表情か、まったくわからない。

1パーセントも想像できない。

 

眠ったら、日曜日の朝。

そして、もう一度眠ったら、月曜日の朝。

 

……スポーツ新聞部の日々は続く。

まだまだ続く。

わたし。

ヒナちゃん。

……会津くん。

1年生トリオにとっては、気が遠くなるほど、続く、日々……。