7月の頭から、模型屋さんでバイトをしている。
去年、ハルくんとデートした商店街の、模型屋さんである。
そのデートのとき、模型屋さんでミニ四駆大会があって、コースアウトしたミニ四駆を、わたしが名乗り出て、修理した……というのがきっかけだった。
そんな縁で、その模型屋さんで、バイトさせてもらっているというわけ。
店主のイバセさんは…たぶん、わたしの素性(すじょう)に気づいている。
素性というのは…わたしが、どんなところの娘であるか、ということ。
父が、某自動車メーカーの社長であるということ――きっと、認知してるんだと思う。
でも、気を遣っているのかどうか――イバセさんは、わたしの境遇について尋ねてくるそぶりもない。
× × ×
…ともあれ、ハルくんよりもお先にアルバイトを始めたわけだ。
きょうは、日曜日。
日曜日には、店内の専用サーキットで、ミニ四駆大会が開かれる。
小中学生――とくに、小学生の男の子が、たくさんやってくる。
『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』という、ミニ四駆アニメを、父がよく鑑賞していた。
わたしが産まれる前のアニメなんだけど、確実にオタクな父は、放映当時もリアルタイムで『かぶりつくように』観ていたらしい。
DVDが発売されたら即座に購入したという父が、そのDVDを再生して、画面に食らいつくように鑑賞していたのを、思い出す。
『2年目の『WGP』編がすごいんだ』
『とくに『WGP』の、通算第100話が――』
『WGP』も『通算第100話』も、わたしには謎のワードだったが、父は再三『レッツ&ゴー!!』について、熱弁を振るうのだった。
父が好きだった『レッツ&ゴー!!』放映当時――つまり90年代後半は、とんでもないミニ四駆ブームだった、とイバセさんが語っていたことがあった。
そのときのブームほどじゃないけど、ミニ四駆の人気は、いま、盛り返しているという。
――さて、ミニ四駆大会である。
店番のわたしが座るレジカウンターからも、サーキットの様子は覗き見ることができる。
男の子がひとり、わたしのもとにやってきた。
「なんかこれの調子が悪いんだ」
ミニ四駆を持ってきて、マシンの不調を訴える彼。
わたしは、どういうふうに調子が悪いのか、男の子にミニ四駆の『カウンセリング』を行った。
「…でも、ねーちゃんが訊いたってしょうがねーだろ」
「あら、しょうがなくないわよ」
「だって、ねーちゃんがミニ四駆の不調を直せるわけじゃねーだろ? イバセのおじさん呼んできてよ。おじさんにしか、直せねーよ」
「――見くびられたものね。」
「え??」
「ちょっとわたしに、貸しなさい?」
「か、貸してどうすんだっ」
「わたしがあなたのマシンを、なんとかしてあげるから」
「ウソだろ……」
ウソじゃない。
マシンの不調を立て直せる、確信があった。
テキパキとわたしは、不調のミニ四駆マシンに手を入れて、挙動を元に戻した。
男の子はふたたび、
「ウソだろ……」と言って、眼を見張った。
「ねーちゃん、なにものなんだよ!?」
「なにものでもないわ。ただの大学生よ」
「ホントか? なんか隠してないか!?」
「……手先は、器用かな」
「手先が器用なだけで、ミニ四駆、直せるか!?」
「フフッ」
男の子は、ドギマギ。
「ほら、早くサーキットのところに戻ってらっしゃいよ」
「……」
× × ×
また、男の子がやってきた。
「どうしたの?」
声をかけるわたし。
「ミニ四駆のことで、なにか?」
「…あのね。
ミニ四駆とは、ぜんぜん違うんだけど」
「なあに? なにか、相談ごと?」
うなずく男の子。
「どんな相談ごとかしら。…学校の、こととか?」
カウンセラー気分になり始めたわたしは、
「…好きな女の子でもいるの?」
と、あえて、揺さぶってみる。
揺さぶられた男の子は――仏頂面で、
「バカなこときいてこないでくれよー」
と不平を漏らす。
……バカ、って言ったわね。
わたしは善良だから、許してあげるけど。
挑発的な男の子は、続ける。
「勉強の成績、上げたいんだよ」
それは――、
「もしかして、わたしに勉強を教えてほしい、ということなのかしら?」
「もしかして、じゃなくて、なのかしら、じゃなくて」
「なぜ、わたしなの? わざわざわたしに、頼まなくったって――」
「かしこいんだろ? ねーちゃん」
「か、かしこいって、どういうことなのかしら、」
「けーおーだいがく。けーおーだいがく、かよってんだろ」
「どうして知ってるの……どこで知ったの、わたしの個人情報」
「ねーちゃんがじぶんで言ったんじゃねーかっ!!」
「……言ったかしら」
「たった4日前のことも、おぼえてねーのかよ」
「七夕の日? あなたがお店に来たのは、記憶にあるけど……」
「せっかく、けーおーでかしこいのに、カンジンなこと、忘れるんだな」
「……ごめんなさいね」
優しく、彼に詫びた。
彼が少し視線を逸らした。
わたし、お詫びのことばを言っただけなのに――なにをこの子は照れてるのかしら?
「とっとにかくっ!!
大会が終わったあととかで、いいんだ。
おれのセンセーに、なってくれよ」
なおも、照れ続けている。
そんな彼に、
「頼みごとは、人の眼を見ながら、するものよ」
「……」
「態度はなってないけれど……熱意は、伝わったわ」
「……」
「わかったわよ……。きょうの夕方から、わたしがあなたの先生ね」
「!」
「お友だちも、誘ってくるといいわ。勉強苦手な子だって、きっといるでしょう」
「…それ、塾みたいだな」
「教えるのには…自信があるから」
「なんで?」
「秘密よ」
「ひみつじゃイヤだよ」
「どうしてよ」
「もっと、ねーちゃんのこと、知りたいんだよ。おれだけじゃなくって、ミニ四駆大会に来てるやつ、みんな、知りたいと思ってるぜ?」
「――そんなにわたしに興味があるの?」
「きょーみないほうが、おかしいだろ」
「……戻らなくていいの、大会のほうに。ミニ四駆のために、来てるんでしょう」
「あーっ、ずるいよーっ」
「なにがずるいって言うの…」
「ズルだよ。ゴーインに、はなしを終わらせようとしてんじゃんか」
「…よく、わかったわね」
「あのさ」
「?」
「おれたちみんな……ねーちゃんと、『友だちになりたい』って思ってんだ。
だから、ねーちゃんも、もうちょっと……」
「もうちょっと、?」
「もうちょっと……、『友だちになりたい』っていうおれたちの、友だちになってくれるように、がんばってくれよ」
思わずわたしは、
吹き出してしまいそうに、なりながら――、
「――なにそれ」
「わ、わらうとこかよっ!」
「どうやらあなた――国語が、苦手みたいね」
「…うるせえ」
「口ごたえは図星の証拠よ」
「…バカにするみたいに、笑いやがって」
「バカになんかしてないわ」
「ウソだぁ!!」
「もうちょっと、素直が、わたしは、好きよ?」
「……」
「しょうがないわねぇ。
…なってあげるから、友だちに。
だから、照れ隠しで下を向くのも――ほどほどに、ね」