ハルくんのお家(うち)にお邪魔している。
「まあくつろいでくれよ」
「わかったわ」
ぺたん、と両ひざを床につけて座り、
「サッカーは、どうなの?」
「はは……。おれなんて、2軍だよ」
「新入生だから?」
「そういうわけでもなく」
「2軍で……あなた、くすぶってるんじゃ」
「くすぶってる? そんなことないよ」
うーん。
「あなた、部活のほかに――なにかする気はないの」
「『なにか』って?」
「もし、くすぶってるのなら――ほら、アルバイトとか」
「おー」
「おー、じゃないわよ」
「メンゴ」
「……」
「バイトいいね。自由に使えるお金、稼いでみたい」
「前向きみたいね。なにかやってみたいバイトでもあるの?」
「まったく」
「え」
「どんなバイトがあるのか知らないだけだよ」
「……だったら、リサーチしなさいよ」
「そうするつもり」
「約束よ。指切りげんまんよ」
「おおー」
「『おおー』って……。ほんとにもう」
指切りげんまんをしながら、
「アカ子はどうなの? バイト。する必要もないのかもしれないけど」
「――よくぞ訊いてくれたわ」
「んん」
「ぜひバイトしてほしい、ってお声がかかってるところがあって」
「うおっ。どこ、そこ」
「あなたもたぶん憶えてるでしょう? 去年、あなたと商店街に行ったとき――」
――バイブレーションの音がした。
わたしのスマホじゃない。
ハルくんのだ。
肝心のところで、わたしの話は宙吊りになる。
「……しーちゃんだ」
「えっ、椎菜さん?!」
ハルくんの従姉妹(いとこ)の……椎菜さん。
「とりあえず、出てみるね。
…もしもし。
…うん、
…うん、
……ええっ、もうすぐ、おれんちに着くって!?」
× × ×
とんだ邪魔が入った――、
なんて、はしたないことは、思わない。
ただ…きょうこそは、ハルくんとふたり、ハルくんのお部屋で居られると思っていた。
キッチンをお借りして、彼に昼食を振る舞ってあげることも考えていた。
料理を振る舞うどころじゃ……なくなっちゃいましたよ。
椎菜さん。
きょうの彼女は伊達メガネではない。
印象は……さほど変わらない。
グリグリと、わたしたちふたりを威圧してこなければいいんだけれど。
『そうは問屋がおろさない』ということばが浮かび、焦ってくる。
「――ふたりで居たかったぁ?」
「本音はね……しーちゃん」
「あら、ハルに訊いてんじゃなくって」
「――わたしですか」
「そーよ」
わたしのほうにすり寄ってきて、
「ハルとふたりで楽しくやりたかったのなら――申し訳なかったわね」
ほんとうに、申し訳なかったなんて、思ってるのかしら!?
このひと。
わたしに対することばの言い回しに、悪意……とは行かないまでも、下心、がこもっているような気がする。
「アカ子ちゃぁん、顔、上げてよ~~」
心持ちわたしが顔を上げてあげると、
意味深な、目配せ。
「――あの、」
椎菜さんに、わたしは、
「どういったご用で――ここに来たんですか」
「ん?? ヒマだったからだよ」
「……ほんとうですか?」
「疑ってる??
……アカ子ちゃんも、人間不信だなぁ」
人間不信って……。
ピリピリしてきちゃうんですけれどっ。
「『人間不信』だとか、ヒドいことば言うのはやめてくれよ、しーちゃん」
味方は……ハルくんだけ。
そう……いまの味方は。
「…あたしが居て、鬱陶しい?」
「鬱陶しいというか、うさんくさい」
「…そうなの?」
「アカ子だって、迷惑に思ってると思うよ」
「…なんかアカ子ちゃん、カルシウム足りないって顔だもんねえ」
積極的に火に油を注いでくるのはどういうことなの。
「なんでそんなにアカ子をイジるんだよ。もう出てってほしいよ」
「……この部屋出されたら、居るとこないし」
「あるだろっ」
「たとえば」
「居間でテレビでも見てればいいだろっ」
「――そんなにハルは、あたしを退屈地獄にさせたいわけ?」
しだいに、ハルくんと椎菜さんが膠着状態に陥ってくるのを感じ、
「椎菜さん――べつに、この部屋に居続けても、かまいませんよ」
「ええぇ、あ、アカ子っ、なんで」
椎菜さんは一気に、喜びで舞い上がるようになって、
「やったぁ!! アカ子ちゃん、大好き」
……はいはい。
「ずいぶんな変わりようですね。さっき、『人間不信』だとか言ってたわりには」
「? なーんにも変わりないよ、あたし」
「……とりあえず、腕を絡ませてくるのは、やめてください」
「……」
「は、はやくっ」
「……アカ子ちゃんの腕さぁ」
「……?」
「触りごこちがいいよね」
いっしゅんで飛びのくわたし……!
「しーちゃん!! いくらしーちゃんでも、そんなことばっかり言うんだったら、キレるよ、おれ」
「あ~らら~」
「なっなんだよっ」
「もしかして、ハルあんた、アカ子ちゃんの肌触りよく知ってるから、そんなに怒るわけ??」
「ななななんてこと言うんだっ」
がばあっ、と立ち上がるハルくんだったのだが、
わたしは、
「――落ち着きましょうよ、ハルくん」
「だって、しーちゃんの好き放題じゃないか」
「――わたしね、椎菜さんと『対話』がしたいのよ」
「『対話』??」
「『対話』。『相互理解』のための」
ニヤけた顔の椎菜さんに向かい、
「椎菜さん――むやみなスキンシップするより、わたしの話を聴いてもらえませんか?」
「どのくらいー?」
「手短な、質問です。
まずは――、
椎菜さん、あなたの特技、なんですか」
「え?? 特技??」
…不意を突くことに成功したことがわかって、わたしの口もとが緩む。
攻守逆転、といきたい。
「…すぐに答えられないってことは、思い浮かばないんですね。
わかりますよ。自分の特技と言われても、意識してこなかったから、イザとなって思いつかないってこと…ありがち」
ハラハラしだすハルくんをよそに、
「わたしの特技を言ってもいいですか?
お裁縫。
ピアノ。
英会話。
詩の朗読。
ハルくんに勉強を教えること。
ミニ四駆やプラモデルを修理すること。
自動車のスペックを覚えること。
美味しい紅茶を、見分けること――」
「――」
「どうしました、椎菜さ~ん?
ほかにも言い足りないぐらいあるんですけれど、
わたしの特技。
…そうですか、そうですか。
嫉妬しちゃってるんですか~、わたしの特技のあまりの多さに、圧倒されちゃって…」
「――」
「さっきまでの勢いが、どこへやら、ですね~!!」
「――アカ子ちゃん、さ」
「はい?」
「手先の器用さには、自信があるみたいね」
「…ありますよ?」
「手先が器用だったら、ハルに対する手癖なんかも――」
「…殴りますよ。」