「少し早いけど、ここで終わりにしよっか」
板書を背にして、生徒たちに告げ、
「残りの時間は、『質問コーナー』。世界史のコトじゃなくてもいいから、なんでも質問を受け付けるわ」
「羽田(はねだ)先生のプライベートなコトでもいいんですか!?」
勢い良く声が上がった。
声の主(ぬし)たる女子のニシダさんはもう席から立ち上がっている。
プライベートなコト。
彼女が何を訊きたいのか、おぼろげに見えてきてしまう……のだが、
「いいわよ。言ってごらんなさい」
「じゃあ――」
ニシダさんはウキウキとなりながら、
「羽田先生には、彼氏さん、いたりしないんですか!?!?」
おぉー。
凄いテンションの大声で、わたしのプライベートな◯◯に迫ってきたわねえ。
勇気ありまくりじゃーないの、ニシダさん……。
「おいニシダ、いきなりそんなコト訊くのは、ないんじゃーないのか?」
ニシダさんから見て左隣の席の男子・フジカワくんが、ニシダさんをたしなめる。
「なんなのフジカワ!? 都合のいい時だけ、マジメになるんだね!?」
ニシダさん、凄い剣幕。
「なんだよその言い草は!!」
自分の席から立ち上がりそうな勢いで怒るフジカワくんを目の当たりにするわたし、だったんだけど、
「はいはい、ケンカしないの。あなたたちはもう高校3年生なんだから」
と落ち着かせるために言って、
「ニシダさん。教えてあげるから、席に座って。フジカワくんも、そんなに身を乗り出さないの」
ニシダさん&フジカワくんが照れながらわたしのコトバに従うのを見届けたあとで、
「いるわよ、彼氏。つきあい始めてから、もう8年近く」
教卓の前に立っているわたしに注目が一気に集まってくる。
とりわけ熱い眼差しはニシダさんの眼差し。フジカワくんもフジカワくんの眼差しをわたしから離さない。
「8年近く……? ってコトは、羽田先生が、JK、の頃から……!」
ニシダさんから見て右隣の席の女子・コクボさんが、眼を大きくして言ってきた。
「そうなるわね~」
答えるわたし。
「彼氏さんも、その時、高校生……??」
大きな眼でわたしの顔を凝視しながら言ってくるコクボさん。
――非常にタイミング良く、授業終了のチャイムが響き渡る。
× × ×
つきあい始めた時高校3年生だった彼氏が、夕食後のダイニングテーブルにて、某サッカー雑誌に眼を通している。
「アツマくん、アツマくん」
つきあい始めた時高校3年生だった彼氏の名前を2回呼ぶわたしは、
「今度の日曜、下北沢(しもきた)に行きましょーよ」
アツマくんは顔を上げながら、
「なんで」
わたしは黒くて熱いコーヒーを軽く啜ってから、真向かいの彼氏に微笑みかけて、
「北海道の有名なベーカリーカフェの支店がオープンしたのよ。パンもコーヒーもとっても美味しいんだって」
と言い、
「それとね、わたしの知り合いの女の子が在籍してるバンドが、日曜にライブハウスで演奏するみたいだから」
と言い、
「行かない理由はないのよ、日曜の下北沢(しもきた)に……」
と、シットリとした声音で締めくくる。
「ふうむ」
目線をやや下げているアツマくんは、
「おまえの交友範囲、案外広いのな。バンドガールを知り合いに持っていたとは」
と、デリカシーに欠ける発言。
「『案外』なんて言わないで。ムカつくから」
わたしはわたしの慎ましき胸の前で腕を組んでお気持ちを表明。
「メンゴー」
『あり得ないレベル』の高い謝り方を彼氏がしてくるから、我慢ならず、
「わたしの交友範囲をナメないで!!」
と一気に立ち上がり、
「アツマくん。お仕置きよ」
「なんだよぉ、お仕置きってー」
「あなたが軽薄過ぎるのがイケないんだからね!?」
「いや、お仕置きの中身を言ってくれや」
リビング方面を右人差し指で指し示すわたしは、
「あっちのソファで、あなたをグニグニしてあげるわ」
「グニグニ?? なんやねん、その擬音は。想像できへんやないか」
あああっもうっ。
彼氏が関西弁モドキを繰り出してきちゃったじゃないのっ。