どうもこんにちは。
蜜柑です。
× × ×
さて、ウチのお嬢様――アカ子さんが、ハルくんとおつきあいをはじめてから、8ヶ月が過ぎたようです。
だんだん仲睦まじくなる2人に嫉妬して、強くもないのにお酒を飲みすぎて、お父さんとお母さんの前で泥酔してしまったのは、苦い思い出でした。
…それはともかく、つい先日――GW中にも、アカ子さんがハルくんと2人だけで商店街に出かけた、という事がありました。
どんなリア充ですか。
商店街とはいえ、れっきとしたデートですよね、これ?
言うまでもなく。
わたしは溜め息をつきながら、デートでハルくんのもとへ向かうアカ子さんを見送ったわけです。
ここで、「けしからん、こんなご時世にデートで街を出歩くなんて」と思われたかたもいらっしゃるかもしれません。
たしかに、リア充なのは「けしからん」ですねぇ。
ただ、このブログはあくまで『フィクション』という位置づけなので、ここらへんの不都合は大目に見ていただけたら、と思うのです。
ご了承くださいませ……。
後日、アカ子さんは、商店街デートの一部始終をわたしに語ってくれました。
のろけ話めいた語りではありましたが、興味深い部分もありました。
ーーーーーー
「そもそも、なんで商店街だったんですか?」
「去年の夏休みにハルくんと商店街に行ったことがあったじゃない?」
「そんなことありましたっけ」
「呆れた、なんにも覚えてないのね」
「そりゃ、自分が同行したわけじゃないですから」
「たしかに、わたしがハルくん誘って2人だけで行ったのよね。
『商店街行ったことないから、行ってみたい!』って、彼にワガママ言って。
あの商店街行きは、いろいろ失敗だったわ。
たぶん、わたしが自分勝手すぎたのが、いけなかったのよね」
「後悔が残ったんですか」
「むしろ反省よ」
「反省……」
「反省点を踏まえて、今度は失敗しないように、商店街デートの計画を練っていたの。
『自分の意思だけで行動しない』という鉄則を作って、それを守り通そうとしたんだけど…でもね」
「でもね、?」
「まず商店街に入ったら、古本屋さんが見えたわ。
でもそこは、前回、彼が興味もないのに、わたしだけで勝手に入っていってしまったお店だった。
古本に夢中で、彼を置いてけぼりにしてしまったところだったの」
「置いてけぼりってことは、お店の外でハルくんを待たせてしまったってことですよね」
「そういうこと、自分のことしか考えてなくって」
「それはいけませんね」
「蜜柑にももしかして思い当たる節があるの?」
「秘密です」
「あったのね」
「だから秘密ですって」
「――とにかく、あの古本屋さんが目に留まったのだけれど、ハルくんのことを考えて、『あなた興味ないだろうから今回は止(よ)しておきましょうか』って言ったの。
そしたら彼は『止(よ)しておくって、なにを?』ってトボけた風に訊いてきた。
『あの古本屋さんに入ることよ。古本なんてあなたに縁がないだろうから、お店に入ったってしょうがないでしょう』って言ったんだけれど、
『そんなことないよ』って意外なことばが返ってきて。
『最近、本にも興味出てきたんだよ』って言うのよ」
「へぇ。意外な変化ですねぇ~。
どうしてなんでしょうか?」
「……わたしの影響で、だって」
ほんとうに照れくさそうにアカ子さんが言うものですから、わたしは思わず笑ってしまいました。
けっきょく、ハルくんもいっしょになって、入店して本を物色したそうです。
「古本屋さんにはいろいろルールみたいなものがあるから、怒られないように、ハルくんが本を探すのをずっと観てた」
「観察ですか?」
「注意深く見守っていたのよ。
おかげで、わたしのほうは本を買うどころじゃなかったけれど。
ハルくんの古本屋デビューの付き添いみたいになってた」
それから、数軒のお店をまわって、お茶を飲んで、それじゃあボチボチ帰ろうか、っていう段取りになろうとしていたようです。
「でもね。
帰り路(みち)のつもりだったんだけど、
模型屋さんがあったのね。
蜜柑、ミニ四駆ってわかる?
どんなのか、イメージできるかしら」
「なんとなくは」
「ハルくんは知らなかったみたいで――でも、わたし、食い入るように大会の様子を観戦していたみたいで、『興味あるの?』って訊かれて。
いけないいけない、自分の意思で行動しちゃってるじゃないわたし……と思って、慌てて『そんなじゃないわ』って否定したんだけれど、
『ウソはよくないなあ』って、否定したことを彼に完全否定されて」
「『どうしてわかるの?』って思わず言った、と」
「その通りよ。愛ちゃんみたいだけど。
案の定、お父さんの影響であることを見透かされて。」
「血は争えないですものねー」
「上手いこと言うわね。
お父さん――ミニ四駆もたくさん持ってたから」
「思い出しました、専用のサーキットみたいなものがありましたよね」
「もう、自分の意思どころの話ではなくなっていたわ。
『しばらく観ていけばいいじゃないか』って、彼は優しく言ってくれた」
「…そういうときは、逆に遠慮しないほうがいいんですよ。」
「なんだか悟ったみたいなこと言うわね…。」
「遠慮したらダメなんです。相手の気持ちに乗ってあげるんです」
「……そのときのわたしもそんな感じで、折角のハルくんの厚意を裏切りたくなかったから、ミニ四駆がいったい何なのかを彼に解説しながら、ずっと大会の様子を見守っていたわ。
そしたら、とある男の子のミニ四駆が、コースアウトしてしまって、『壊れちゃった!』と思ったのか、その男の子、半泣きみたいになっちゃったの。
アルバイトと思しき若い店員のお兄さんも、てっきり『壊れてしまった』と思い込んでしまったみたいで、うろたえてた。
でも、わたしには、『このくらいの損傷だったら治すことができる』っていう、確信と自信があった。
完全に経験則ね。お父さんが模型いじり全般が好きで、ミニ四駆も改造したり修理したり、いろいろ手を動かしているのを間近で見てきたから。
わたしも、手先が器用だし」
「自分で修理したこと、あったんですか?」
「はるか昔に。
でも、『腕が憶(おぼ)えている』と思って、わたしは手を挙げたわ。
『治せると思います』って。
その場にいた全員が驚いていたけど、いちばん驚いてたのはハルくんだった。
『工具を貸していただけないでしょうか?』バイトのお兄さんに向かって、気づいたらひとりでに言葉が出ていた。
それで――お店の一角で、わたしは手を動かし始めた。」
「で――治ったんですか?」
「うん。
少し時間はかかったけど。
わたしが治しているのを眺めていた模型屋さんのご主人が、こんなことを言ってた。
『むかし、テレ東で『RCカーグランプリ』という番組があって、君は知らないだろうが、『メカニックマン』というキャラクターが出ていた。
君の手つきは、まるで『メカニックマン』のようだ――もっとも、君はメカニックマンとは、似ても似つかないが。
失礼ながら、君のようなお嬢さんが、ここまでミニ四駆を修復できるとは、思いもよらなかった』
少しだけ…わたし、恥ずかしかった」
「そりゃ、どんなところの娘さんなんだろうって、びっくりきちゃいますよねぇ」
「そうよ。ご主人、『もしや――』って言いかけるんだもの、なんだか勘付いたみたいに。
わたしはその『もしや――』を遮って、
『『RCカーグランプリ』ですけど、
ウチの父が大好きな番組だったみたいで、よく番組のこと、話してましたよ』
とだけ言い添えて、急いでハルくんの腕を握って、その場から退散した」
「ミニ四駆を治してあげた男の子には、なにか言わなかったんですか?」
「言ったわよ。
治したミニ四駆を、渡すときにね」
「なんて?」
「『おうちで勉強、がんばるのよ』って」
「――ミニ四駆関係なくなってませんか?」
「そうかしら」