【愛の◯◯】「郡司くんと高2のとき2週間だけつきあってた」

 

「いい雰囲気の喫茶店を見つけたんだけど……」

 

サークルの上級生(2年)の高輪ミナさんに、そう誘われ、

誘われるがままにわたしは、キャンパスから少し遠めの喫茶店にやって来たのだった。

 

「羽田さんってコーヒーになにも入れないのね」

「ハイ」

「すごいね」

「…ハイ」

「尊敬しちゃう」

「…あはは」

 

ミナさんはアイスカフェオレを飲んでいる。

暑いものね。

 

× × ×

 

そしてミナさんは『椿町ロンリープラネット』という少女漫画について熱く語り始めた。

 

「…幸せな気持ちになるというか、読み終えたとき、ほっこりとしてくるの」

「ほっこり、ですか…」

「ほっこり。」

「……」

「読んだことがないと……うまく、伝わりにくいよね」

「す、すみません」

「貸そうか?」

「単行本を?」

「うん。わたし全巻持ってるから」

 

『マーガレット』に連載されていたという。

ミナさん、少女漫画には、並々ならぬこだわりが、あるらしい。

…少女漫画、だけでなく、

少女漫画っぽい要素に対して、並々ならぬ熱意を持っているというか、なんというか……。

たとえば、

俗っぽいコトバで言うところの――『恋バナ』だったりとか。

 

きょうも、

アツマくんがらみのことで……なにか言われそうな、そんな気配がしてきている。

なぜって、

この喫茶店、山手線の外側にあって、

しかも大塚駅からも巣鴨駅からも相当歩かなきゃたどり着けないような、そんな立地。

わざわざこんな場所を指定したってことは、

知り合いの多い大学近辺では、はばかられるような、

『恋バナ』のような類(たぐい)のことを……振ってくる気、満々なんじゃないかって、

そう思われるのですが……。

どうでしょう!? 読者の皆さま。

 

 

「――羽田さ~ん??」

 

「あ、あ、ごめんなさい、ごめんなさいミナさん。意識があらぬ方向に飛んで行っちゃってて」

 

しょうがないな…と軽く笑ったあとで、

「漫画の話もいいんだけどさ」

「……はいっ」

「わたし、リアルの話も、してみたい」

「『リアル』?」

「現実のこと」

「それって……」

「たとえば、さ。

 ――現実に、現在進行形で、恋をしてるわけじゃん?」

「だ、だれが、ですか??

 主語が、主語が――ないですよね」

「羽田さんって――そんなにニブかったんだ」

 

う……。

 

……覚悟を決め、息を吸い、

「つまり、アツマくん情報が、もっと知りたいと、ミナさんは」

「ズバリぃ」

「お言葉を返すようですけど――ミナさんって、そんなにイジワルだったんですか」

「アツマさんがらみになると、アツくなるんだよ」

「――なんですかそれ」

「お。

 いままで見せたこともないような、表情。

 カワイイ。カワイイよその表情。羽田さん」

かわいくてわるかったですねぇ

「おおおっ?」

「…『わたしかわいいし』なんて、アツマくんに向かってしか言わないつもりだったのに」

 

ここが、大塚からも巣鴨からも遠い場所にある喫茶店だから、という理由かどうかはわからないが、

捨てゼリフっぽく、思わずわたしは言ってしまう。

 

「羽田さん、」

無言でコーヒーカップに視線を落とすわたしに、

「素敵だよ」

と言ってくるミナさん。

どこが、どう素敵なのか。

「それはどーも」

と、とりあえず突っぱねておくんだけど、

 

「――アツマさんとは、いつから?」

 

……そういうふうに、地球上でいちばん唐突なぐらい唐突な質問を投げつけてくるのだから、

その、『唐突な質問』という名の『ビーンボール』を……投げ返したくなってくる。

 

× × ×

 

「――そうだったんだね。あなたは高1で、彼のほうも、まだ高校生で」

「――長い付き合いでは、あります」

 

やられっぱなしは、つまらないし、

 

「うらやましいですか?」

「――んんっ?」

「だからっ、うらやましくないですか? って。わたしと、彼の、長い付き合いが。」

 

負けず嫌いらしく、

向かいの彼女を見据えて、笑ってみせる。

意地もあるから。

 

「うらやましいよ。そりゃ」

 

……よし、優越感。

 

「でも、わたしじゃなくったって、見守ってあげたくなるよね~~」

 

……あ、あれっ、なんか、違う?

 

 

ミナさんのときめきの持続が、

わたしになおも圧(あつ)を加える。

攻守が。

攻守が、なかなか逆転しない。

わたしとしては。

ミナさんに、もっと、踏み込んでいきたいんだけれど。

具体的には――、

同じ高校から、

同じ大学に進学し、

あまつさえ、同じサークルに、現在形で所属中の――。

 

「ミナさん。」

「? どしたのー」

「やられっぱなしじゃ、フェアじゃないと思うんですよね」

「なにがー」

「攻守……交代させてもらえますか」

 

齧(かじ)るように、ストローをくわえるミナさん。

なにを考えているのかは、わかんない…。

 

「…しちゃいます、攻守交代!」

「…どうぞ?」

「――郡司センパイとのことをお訊きしてもよろしいですか!?」

「少し早口になってる、羽田さん」

「き、訊いてもよろしいでしょうか!? ――たとえばですね、郡司センパイ『との』、高校時代のっ」

「関係?」

「………関係性、みたいなところまで、行かなくても。ほら、郡司センパイと、高校時代っ、どんな思い出があったり……とかっっ」

「落ち着こう? 羽田さん」

「………」

 

余裕をもって彼女は――、

 

「話してあげるけど、

 その代わり、ここの支払いは、別々になるよ。OKかな」

 

数回うなずくわたしに――、

 

「じゃ、話してあげる。

 あのね、わたしと郡司くん、高2のとき、おんなじクラスで」

 

「は、はい」

 

「それでもって、

 2週間だけつきあってた

 

?!?

 

「――梅雨明けごろから。

 そう。

 ほんの、2週間だけ――ね」