サークルのお部屋で、郡司健太郎センパイが、秋葉風子さんに問いかける。
「秋葉さん。就職活動の調子は、どうですか?」
「……」
あれっ。
秋葉さん、謎の沈黙。
郡司センパイは狼狽し、
「も……もしかして、訊くのまずかったですかね」
「……」
まだ黙ってる。
――30秒後、秋葉さんは、ピクン、と反応したかと思うと、
「あ、ああ、シューカツのことかい、健太郎」
と苦笑いしながらようやく応答。
「シューカツなら、なんとかなってるよ。うん」
郡司センパイは懐疑の眼。
わたしだって、疑いを抱いちゃう。
「シューカツの話題もいいんだけど…」
と、彼女は、郡司センパイに向かい、
「健太郎。社会学部のオススメ講義って…なんだろうか。授業は面白く、単位も取りやすい――」
郡司センパイは、『このひとはなにを言ってるんだろう』という顔で、
「なんで下学年(かがくねん)のおれに訊くんですか!? 秋葉さんもおれと同じ社会学部で、しかも3年生ですよね? おれより1年長く社会学部にいるのに、なぜオススメ講義のことを、おれに…」
「…わたしだって、まだ知らないことは多いのさ」
むむ……。
秋葉さん、不調?
どうもそうみたいね。
考えが、浮かんだ。
わたしは、ぱん、と手を叩く。
秋葉さんの注意をわたしに向けさせて、それからそれから、
「秋葉さん。
わたしといっしょに、ウォーキングしませんか? 公園で。
もうずいぶん春らしくなってきたことですし」
× × ×
郡司センパイを置き去りにして学生会館を出た。
ごめんなさい、郡司センパイ。
――さて。
女同士の、ウォーキングである。
「ほんとうに、春がやって来ました、って感じするね。
羽田さんの言うとおりだよ。
池のほとりの小鳥も、気持ちよさそうだ」
空を仰ぐようにして、
「ヴィヴァルディの、『春』、だっけ……アレが、ちょうどBGMに似合いそうだなあ」
…わたしは、秋葉さんの振る舞いかたが可笑しくて、思わずクスリと笑ってしまう。
「な…なぜ笑うかな、羽田さん」
「無理しなくたっていいのに。秋葉さん」
「えっ……」
「ヴィヴァルディなんか、持ち出して。
ぜったい、秋葉さんは、クラシック音楽なんか詳しくないでしょうに」
「わ、わたし、無理してなんか、」
「悪あがきですか。」
しだいに、秋葉さんの話しかたが、弱く、柔らかくなってきている。
わたしにはわかるんですよ? 秋葉さん。
「弱みにつけ込む意図は、ないんですけど……」
だけど、あえて。
「……なにかあったんでしょ。キユキさんと。」
ピタリ、と立ち止まる秋葉さん。
秋葉さんの眼は泳ぐ。
眼が泳ぐのも仕方がない。
「キユキさん」は……秋葉さんの、恋人なのだから。
「……どうしてわかるの。彼とわたしが、トラブったって」
秋葉さん、「どうしてわかるの」とか言ってる。わたしの口癖がうつったみたいに。
わたしを見てくる彼女の眼、17歳の女の子みたい。
異性との関係で揺れ惑う17歳の女の子みたいな……そんな眼。
乙女心の秋葉さん、か。
かわいい。
× × ×
ベンチに、ふたりがけ。
デートみたい。
ブラック缶コーヒーをプシュッと開けて、1/3ぐらい飲むわたし。
一方の秋葉さんは、リアルゴールドの缶を、両手で温めている。
「…リアルゴールドって、美味しいんですか? わたし、炭酸ダメゼッタイだから、飲んだことないし、今後も飲めなくって」
「…わかんない」
「もしかして、リアルゴールド初体験、だったり?」
「どうだっけ…」
……もうっ。
「同じ年上の彼氏持ちとして、言わせていただきます」
「……羽田さん?」
「仲直りは、冷めないうちに」
「……えっ」
「もう一度、言いますよ?
仲直りは、冷めないうちに。」
戸惑う彼女に、
「実はですね。
わたしとアツマくん、ケンカして、仲直りしたばっかりなんです」
「……そうだったの」
「彼氏との仲直りに関しては……わたしのほうが、『お姉さん』かもしれないですね」
「根拠は……?」
「ありません。だけど、たぶん、ケンカした回数、わたしたちのほうが多いから」
彼女は穏和な声で、
「そういう……関係なのね。あなたたちって」
「ハイ。
仲直りすると、スッキリします」
「――上手(うわて)だ。」
「ふふっ」
「余裕ね。羽田さんは」
「余裕ですよー?」
「勝てないな」
「負けません」
顔を上げ、秋葉さんは、
「……よし。
わたしも、早くちゃんと、スッキリする」