阿佐ヶ谷駅で下車。
『漫研ときどきソフトボールの会』の先輩である秋葉風子(あきば ふうこ)さんと並んで歩く。
秋葉さんの自宅に向かう道すがら。ふいに彼女が、
「新番組のアニメが続々と始まっていてね」
と話し出す。
「相変わらず新番組の量が多くて、捌(さば)くのも大変だ」
「はぁ……」
とりあえず、相づちを打っておくわたし。
そういえば、秋葉さんは学生ながら、ライターとしても活動しているのだった。
アニメとかゲームとか、その方面の世界について、わたしはなんの知識も持ち合わせていない。
秋葉さんは、そういう世界で、ものを書いたりしているのである。
わたしの知らない世界で。
「さいきん思うんだ、『作画が必ずしも良いとは言えないアニメほど、なぜだか内容が記憶に残ってる』……とか」
「具体例は?」とわたしは訊いた。
彼女は具体的な作品名を挙げてくれた。だけども、まったく知らないアニメ作品ばっかりだった。
「すみません……せっかく具体例を挙げてもらったんですけど、ぜんぶ、わたしにはわかりません」と正直に言った。
「ま、仕方なかろう。羽田さんにとっては不毛な話題で、申し訳なかったね」
「謝らなくたって」
「オタクはつい、語りたがるんだ。それも、余計なことまで。いや、余計なことほど、かな。……おっと、不毛な話題を繰り広げていたら、わたしんちが近づいてきたよ」
× × ×
ダイニングキッチンを通り抜け、秋葉さんの部屋に入る。
秋葉さんはベッドに腰かけ、わたしは床座り。
「……さてと。ようやく、ふたりきりになれたことだし」
秋葉さんのしゃべりかたが変わった。
さっきまでの、余裕ありありの彼女では、もう、ない。
神妙に、
「ふたりきりじゃないと、できない話が……したいかな」
それに対しわたしは、
「わかってましたよ。『いっしょにウチに来て』、って言われた瞬間から」
「なにを?」
「秋葉さんが、どんな話をしたいか。1対1のサシで話すってことは――つまり」
「まあ、プライベートで、デリケートなことに、決まってるよね……」
「サークル部屋じゃ、到底できないような」
「……うん」
いささか、しんみりとした表情。湿っぽい。
湿っぽくなるってことは、つまりは、
「キユキさんと……なにか、あったと」
キユキさんは、秋葉さんの恋人。
サークルの面々には、知られていない、秋葉さんの恋人。
サークルで、秘密を共有しているのは、わたしぐらい。
「ぎくしゃく、したとか?」
問いをぶつけてみる。
首を横にふるふる振って、彼女は、
「ちょっと、違う」
と湿っぽい声で答える。
「なにかあった、というよりは、わたしが勝手に悩みを抱え込んでる、みたいな」
「どんな悩みですか? 具体的に言ってください」
「きびしいね」
「打ち明けてくれないと、来た意味ないですから」
「……」
「そんなに言いにくいんですか? 放送コードに触れるぐらいデリケートな悩みなんですか」
苦笑い。
首を横にふるふる。
それから、ため息。
「……違うよ、そういうたぐいの悩みじゃなくって」
目線を高くして、
「わたしね――料理が、からっきしダメなの」
「料理?」
「料理。すごく簡単なものしか、作れなくて。キユキさんに手料理を振る舞ってあげたいとか、前から思ってるんだけど、いまのままじゃ、無理。なにを作っていいか、わかんないし、そもそも、ほとんどなにも作れないんだもんね。料理ができれば、もっと彼を喜ばせられるのに……っていう確信があって、それでいて、勉強してみるとか練習してみるとか、具体的な行動に移せないんだ」
……ふむ。
「やる気は、あるんですよね?」
「やる気だけ。実践が伴ってない」
弱気に、
「手が、動かないんだもん……本気で料理がしたいと思ってるなら、とっくに手を動かしてるよね!? 思いつくだけムダだったのかな、なんて思ったりも」
……やれやれ。
「……呆れちゃってる?」
「――秋葉さん」
「う、うん、」
「それは、手の動かしかたを知らないだけです。秋葉さんが悪いんじゃありません」
「えっ――」
「だって、だれにも教わってないんでしょ?」
「そ、そうだけど」
「だったら、投げ出しちゃうのは、もったいなさすぎます」
「でも、手の動かしかた、って言われても――」
やれやれ。
しょーがないっ。
「秋葉さん。キッチンに行きましょう」
「え!?」
「だれにも手の動かしかたを教わってないのなら、わたしが教えてあげます」
言うそばから立ち上がっていた。
「冷蔵庫、見させてもらいますよ」
「これから――料理、始めるってわけ!?」
「秋葉さんもするんですよ、いっしょに」
「こころの準備――」
「そんなヒマあるわけないでしょっ!」
……怖気づく秋葉さんに、
「基本の基から、教えてあげますから。わたしの言うとおりにすれば、キユキさんが喜ぶような料理が、秋葉さんも作れるようになりますから!」
約束します。
約束できます。
信じてくれていいですよ――秋葉さん。