秋葉さんは、郡司センパイのことを「健太郎」と呼ぶ。
「健太郎、バッティングセンターには、行ってきたのかい?」
サークル部屋。いつもの口調で、秋葉さんが郡司センパイに話しかける。
「はい、行きました」
「地元の?」
「地元の。」
「――手ごたえは、つかめたかね」
「まあ、そこそこ――」
フフ……と秋葉さんは微笑して、
「羽田さんの豪速球を打てるように、ならんとね」
「ウッ」
うろたえ始める郡司センパイ。
わたしの球を打つ自信がないんだろうか。
秋葉さんはPC画面に向き直り、
「頑張ってくれたまえよ、健太郎」
と励ます。
励まされた郡司センパイは、無言。
× × ×
郡司センパイには、もう少し自信をもって、バッティングで、わたしに挑んでほしいところなんだけど――。
それとは別に、郡司センパイがらみで。
郡司センパイとミナさん、高校生時代、どうも2週間だけつきあっていた時期があるらしい。
喫茶店で、ミナさんが、わたしだけに暴露した。
……郡司センパイに、事の真相を確かめてみる勇気なんてあるわけなし。
気になるけど、訊き出すことのできないジレンマ。
郡司センパイとミナさんのあいだで、そっとしまわれた、過去――。
ミナさんは、きょうはサークル部屋に来ていない。
……読書するフリをして、そういうことを気にしていた。
いったん、本を置き、スマホをチェックする。
アツマくんに、『きょう、いつ邸(いえ)に帰る?』と、(こっそりと)LINEを送りたかったので。
そしたら、
秋葉さんからLINEが送られてきていることに気がついた。
え!?
秋葉さん……いま、同じ部屋で、わたしの眼の前にいるんだけど。
口頭だと……伝えられないようなこと?
だから、同室にいながら、わざわざ、LINEで!?
いったい、なにを、伝えたくて……!
『15:00
文学部横の体育館前で』
× × ×
「…どういう呼び出しですか。体育館とか、古典的な」
「ここは待ち合わせの穴場だし」
「…穴場なんですか?」
「そうだよ」
「……どういう用件でしょうか」
「駅に、行こうよ」
「駅に行って、どうするんです」
「電車に乗るしかないでしょ」
「電車に乗るっていっても、どこに――」
「阿佐ヶ谷案内」
「ハイ!?!?」
「――わたし、家の最寄り駅が阿佐ヶ谷なんだよ」
× × ×
秋葉さんに言われるがままに、電車に乗り込んでいた。
新宿駅で乗り換え。
いったい、秋葉さんの真意は――。
阿佐ヶ谷駅の改札を出た。
「前は、『アニメストリート』があったんだけど、なくなっちゃった」
「……」
……たまりかねるようにしてわたしは、
「それで……いったい秋葉さんは、わたしをどこに連れて行きたいんです??」
「んー」
「お、おしえてくださいっ」
「『阿佐ヶ谷案内』って、わたしは言ったんだけどさ」
「…はい」
「アレは微妙にウソで」
「!? そ、そんなっ」
「わたしんち、きてよ」
いきなりっ!??!
「両親共働きで、夜にならないと帰ってこないからさ」
いや……そういう問題では。
× × ×
「羽田さん、コーヒー飲みたくなかった?」
そう言って、勢いよく冷蔵庫のドアを開ける秋葉さん。
「アチャー、ボトルコーヒーないや、缶コーヒーもない」
「あのっ……コーヒーは、おかまいなく」
「…遠慮っぽい顔だね」
「だ、だって…」
「だって?」
「あ、あきばさんのおうちにおじゃまするの、はじめてですし」
「こころの準備、的なやつ?」
「……」
わたしがダイニングキッチンに棒立ちでうろたえていると、
『困っちゃうな……ほんとにもう』とか言いたげな、苦笑いで、
「わたしの部屋に入ったら…落ち着くかな」
で、秋葉さんの部屋のなかに。
「キレイにしてるから…安心して」
秋葉さんはベッドに、わたしは、キレイにしてるという、床に。
「椅子もあるけど」
「床でいいです」
「こだわり??」
「こだわりなんて…ないですけど」
「羽田さん」
「なんでしょうか」
「ひょっとして、まだ、緊張中?」
「……」
「……そっか。
どうすればいいかな、わたし。
ごめんね……めんどくさい先輩で。めんどくさい、女で」
嘆くように言うから、
「――わたしをここに連れてきた意図を、秋葉さんが早く言ってくれないと、落ち着くって言ったって無理です」
と、わたしはキッパリ。
「うん……」
「どんな話がしたかったんですか。ふたりきりにならないと、できないような話なんじゃないんですか?」
「……」
優しい眼。
いつもの自信に満ちた面影はないけど、
秋葉さん、優しい眼。
そして――サークル部屋での振る舞いとは、打って変わったような、
女の子らしい……甘い口調で、
「羽田さん……気づいてるんでしょ?
わたしに……つきあっている男(ひと)がいる、って」
うぅ。
「羽田さん、あなたは――勘が鋭いと思うの。
だから、気づいちゃってるのかなー、って。
いつか、確かめたくって……ガマンも、きかなくって。
夏休みも近いじゃない? その前に…と思って。
強引な真似して、ほんとうに…ごめんなさい」
出会って、3ヶ月、
かつてなく、優しくて、柔らかい……秋葉さんの、笑い顔。
愛がこもっている、というか。
わたしも、こんなに優しくて柔らかい笑顔になれるかどうか――自信持てないぐらい。
「――気づいてました。」
正直に、答える。
答えて、そして、
「年上の――男性(ひと)ですか?」
「わかっちゃったか――やっぱり」
「なんとなく、なんですけど。そう、なんとなく――お相手は、社会人なんじゃないかなー、って」
「あたり。」
「当てちゃった…」
「さすがね…」
「…それほどでも」
「あなたも、年上の彼氏がいるだけあるよね……羽田さん」
「……そうですね」
しまった。
『年上の彼氏』に……アツマくんに、LINEを送れずじまいになっていた。
『アツマくん、いつ邸(いえ)に帰るの?』って、送信したかったんだけど、
わたしのほうが、
いつになったら、お邸(やしき)に帰れるやら……。