日高ヒナが、鼻歌を歌いながら、楽しそうにノートPCを操作している。
そこに近づいて、
「調べ物?」
と訊くと、
「うん、そうだよ」
「テレビ欄――か」
「そうそう。金曜日の番組を確認してるの」
「熱心だな」
「熱心にもなるよ」
「そんなものか」
「そんなもの」
ボクは――それほどテレビを見ない。
ボクのテレビへの関心の薄さが、顔にあらわれていたのか、
「会津くん、テレビ欄、きょーみない?」
と日高。
「テレビを、そんなに、見ないから……」
「テレビ欄、読み飛ばしちゃってるか」
少しだけ、残念そうな口調になりながらも、
「ま、いっか」
と、すぐに切り替える。
PC前に着席している日高を、横から見下ろす格好になる。
ふたたび鼻歌を歌いだし、マウスをぽちぽちとクリックしていく日高。
たとえば、入学したての中学1年生みたいな――そんな幼さ、あどけなさが、日高にはまだ、残っているような気がする。
たしかに日高は高校1年生だが、3歳ぐらい歳を偽っても、通用してしまうぐらいの――幼さであり、あどけなさ。
コンパクトな身体(からだ)も、そんな印象を助長させる。
日高は153センチだと言っていた。
戸部先輩と、それほど変わらない背丈――あどけなくはあるが、それほど背が低いというわけでもない。
そういえば、
水谷ソラの身長は160センチ、
水谷も、自分から身長を言っていたわけだが、
イメージに反して、それほど背が高くはなかった。
水谷が自分の身長を言ったとき、
ボクは思わず、
『意外に、低いんだな』
と本音を出してしまった。
水谷はムスッとしつつ、
『意外って……なに?』
『もっと、高く見えた』
『……ふうん』
『……ふうん』と相づちを打ったときの、水谷の心情が、読みにくかった。
日高も水谷も、『小学生時代で身長の伸びが止まっちゃった』と言っていた。
『わたしもそうだよ~』と言って、戸部先輩が1年女子ふたりの身長トークに混ざっていったのを、おぼえている。
すぐに会話の輪ができる、女子3人。
× × ×
「ヒナちゃん、ひと段落したら、わたしに使わせてくれないかな」
ボクとは反対側に立って、水谷が日高にお願いをする。
「あたし、もうこれで終わりだから、ソラちゃんと交代するよ」
そう言って、日高がすっく、と立ち上がる。
サバサバした性格を反映したような顔立ちの水谷が、日高に代わって、PCの前に着席する。
――日高が、『天真爛漫』なら、
水谷は――四字熟語だと、なにがしっくりくるだろうか。
『沈着冷静』?
いや。
『沈着冷静』という形容は、ピントがずれている。
『沈着冷静』に振る舞うこともあるが、それは水谷のひとつの側面でしかない。
『沈着冷静』が水谷のすべてではない。
彼女にピッタリ当てはまるような四字熟語が、うまく思い当たらない。
そこが、『天真爛漫』がジャストフィットする日高とは異なっている。
「会津くん、考えごと?」
水谷が、見透かすように、言ってくる。
ボクは正直に、
「余計なことを考えていた。すまない」
すると水谷は、
「――謝るんだ」
「謝るさ」
「よっぽど、考えていたのが、余計なことだったんだね」
「そういうことだ。集中力を欠いていた」
「集中力?」
「部活動に意識が向いていなかった」
「…ふーん」
PCモニターに眼を凝(こ)らしながら、
「手持ち無沙汰なんだね」
と言う水谷。
「わたしは大相撲の結果をチェックしてるから、手持ち無沙汰じゃないけど」
大相撲夏場所が始まったらしい。
連日、水谷は取り組み結果をチェックしていた。
千秋楽まで、夏場所の記事を、絶やさず書き続けるつもりだという。
「会津くん、手があいてるならさ」
水谷は言う、
「取材してきたらいいじゃん」
「……どこの部活に、という問題がある」
「剣道部とか、どう?」
「なぜに」
「なんとなく。剣道部取材したら、面白いんじゃないかなー、って」
さっきまで、白板(はくばん)にいろいろと活動内容メモのようなものを書き出していた、戸部先輩。
いまは、教卓に両手で頬杖をついている。
そんな教卓の彼女に、
『どうしましょうか……取材?』
と、眼だけでメッセージを送ってみる。
そのとたんに水谷が、
「こらっ、部長頼(だの)みじゃだめでしょ」
とボクをたしなめてくる。
「あすか先輩の助けを借りるんじゃなくて、自分から動いていかないと」
手厳しい。
手厳しいが、背中を押されている感覚もある。
剣道部、か。
剣道もまた、スポーツ。
どんなことをやっているか…という好奇心が、ないわけでもない。
「剣道部、行くつもりなの? 会津くん」
戸部先輩のほうから、尋(たず)ねてくる。
ニコニコ顔だ。
「――行ってみようと思います。なにもせずに、帰りたくないですし」
決心したボクが言うと、
「ひとりで?」
「ひとりで。」
「頼もしいなあ」
剣道部の場所がわからないので、
「戸部先輩、剣道部の活動場所は、どこですか?」
「教えてあげるけど――」
いったん、そこでことばを切って、
「――行くのは、ちょっと待ってよ」
「? どうしてですか」
「椛島先生が、もうすぐここに来るんだけど、」
「…はい」
「先生、写真が撮りたいんだって」
「写真?」
「写真。記念写真。」
× × ×
せっかく1年生部員が3人も入ったんだから、
記念に、3人を、カメラにおさめておきたい。
椛島先生の撮ろうとする記念写真は、
1年生3人の、記念写真だった。
「3人同じように、横に並ぶのも、なんだか味気ないわね」
被写体は――ボクを真ん中にして、先生から見て左側が日高、右側が水谷。
「味気なくて、つまらない記念写真になっちゃう――」
おもむろに先生は、
「――日高さんと水谷さんが、前に出てみようよ」
「前に?」と水谷。
「前にですか?」と日高。
「そう。会津くんをバックにして、ふたりは、前」
「先生。バックって、会津くんと比べて、あたしたちが目立っちゃう気も……」
後ろめたそうな日高。
いっぽう、水谷は、
「従ってみようよ、先生の指示に」
「でも、ソラちゃん」
「彼は身長高いから、後ろからでも目立つよ」
そう言って、カメラを持つ椛島先生との距離を、詰めていく。
「いいねぇ。水谷さん、積極的」
と先生。
「会津くんもOKよね?」
ボクに眼を転じ、先生は承諾を促す。
「OKです」
「話が早い」
水谷が日高の手を引いて、前のほうに来(こ)させた。
「せっかくだから、はっちゃけようよ」
水谷のことばに日高は苦笑いして、
「はっちゃける、って」
「プリクラ撮る感覚」
「そんなのでいいのかな」
と言いつつも、日高は水谷に肩を近づけていく。
隣り合わせ、というよりも、ほとんどひっつきあった女子ふたり。
撮影者の椛島先生に向かい、身を乗り出す感じで。
「じゃ、いくわよー」
先生がカメラを構える。
それと同時に、ふたりしてピースサイン。
――こうして、女子ふたりが激しく自己主張した1年生の記念写真が、出来上がった。
カメラを持つ先生のもとに寄る、日高と水谷。
写真の出来栄えを確かめて、あれこれと、かしましい声を出している。
――女子だな。
「微笑ましいね」
戸部先輩が、ボクの近くに来て、
「会津くんも、『微笑ましい』って、思わない?」
と訊く。
「少し……思います」
ボクは答える。
答えるボクに、
「会津くん」
「はい」
「あのふたりを、よろしく」
「……はい。」