放課後。
図書館。
文芸部。
木幡(こわた)たまきさんが、テーブルに、文学全集を、次から次へと積み上げている。
世界文学全集。
でも、池澤夏樹選みたいな、新しい全集ではない。
昭和の一時期に隆盛を極めたみたいな、古い全集。
「そんなに全集積んでどーすんの、たまき」
「マツワカだ」
「マツワカだよ。……じゃなくってっ」
「わたしね……。そろそろ、文学を、はじめてみようかなって」
のけぞる松若さん。
「遅すぎるよっ!!」
たまきさんは至って冷静に、
「遅すぎるってことはないよ。卒業して、大学に行っても、続けていけばいいんだし」
「うれしいわ、わたし。ようやくたまきさんが、文学に目覚めてくれて」
わたしがそう言うと、てへへ…と笑みをこぼして、
「目覚めさせてくれたのは、羽田さんだよ」
ホントに!?
「ホントに!? ますますうれしいわ、たまきさん」
素直に喜んでいると、
「羽田さんは……ひとの『なにか』を変えるチカラ、持ってるよね」
えっ。
それほどでも。
「あたしも、たまきに同意だな」
「松若さん……」
「羽田さん、あたしたち、卒業しても、ずっと友だちだからね!」
「松若さん……!」
「まーまー、そんなに感極まらなくても。2学期はあと1週間残ってるんだし」
「たまきさんは……マイペースだね」
「それがわたしの取り柄」
「……」
「羽田さん。――世界文学全集、いっぱい持ってきたんだけど、どれから読めばいいと思う?」
う、うう。
最強に答えにくい質問が来た。
「えっと……まず、文学全集手当たりしだいに読もうとしたって、絶対に続かないから」
「そっか…積んだのは失敗だったか」
「たまきさんが積んでる全集、わたしも棚に戻すの手伝ってあげるから」
「優しいね、羽田さんは。『愛』っていう名前のごとく」
「あ、ありがとう」
アドバイス……に、なるだろうか。
「あのね、新潮文庫の、あまり厚くないものから読んでいけばいいんじゃないかな。海外文学にしても、日本文学にしても」
「新潮文庫推し?」
「それなりに作品は揃ってるし、なによりお値段が安いし、栞(しおり)もいらないし」
「羽田さんのオススメ作品教えてよ」
「……んーっと」
「多すぎて、絞れない、とか?」
「まぁね……。
こうしよっか。
たまきさんに合いそうなのを10冊ぐらいピックアップして、そこからあなたに選んでもらう……」
「新潮文庫の、木幡たまきのための、10冊だ」
「そういうこと」
× × ×
「リストアップしてくれてありがとう。自分でも、本屋さんで見てみるよ」
「そうしてね」
時刻は17時30分になろうとしていた。
松若さんは受験勉強のため、17時になると同時に下校している。
「たまきさん、終わろっか」
「わたしに同意求めなくても。羽田さんが部長でしょ」
「いや、なんか……きょうの流れで」
「流れ?」
「――解散。」
× × ×
川又さんは、もうちょっと学校に残ると言う。
可愛い後輩と、いっしょに帰れない――。
しょぼしょぼと、門のほうまで歩を進めていると、
たまきさんが、わたしについてきた。
「いっしょに帰る子がいなくってさみしいんでしょ」
「たまきさんなら、わかるか」
「わたしも羽田さんとおんなじ状況。マツワカが先に帰っちゃったから、ひとりぼっち下校」
「――じゃ、いっしょに帰る?」
「――そうしよっかあ」
「――はじめてだね」
「――よろしくね」
「――あらたまらなくても。たまきさんっぽくないよ」
「――だよね。駅まで歩くだけだし」
そうだよ、たまきさん。
で、わたしとたまきさんは、並んでテクテクと歩いた。
「松若さん、忙しそうだね」
「かなり。時期が時期だし」
「志望校も、難関だもの――国立市の、社会科学系国立大学」
「なんで実名出さないの」
「……なんとなく」
くすり、とたまきさんが笑う。
でも、松若さん、ほんとうに、険(けわ)しい山を越えようとしている。
わたしも見習わなくちゃ……という気分になっていると、
「羽田さん。言うまでもないけど、きれいな髪だよね、羽田さんの髪」
立ち止まって隣でたまきさんがそんなこと言うから、ビビってわたしも動きを止めてしまう。
「もちろん、髪だけじゃなく、全体的にきれいだけどさ」
「……どうも」
「お世辞じゃないよ」
「……リアクションに、困っちゃうじゃないの」
「もうちょい、リアクションに困るようなこと、言いたいんだけど」
「……どうぞ?」
「少しだけ――、髪、さわらせてよ」
ま、
まあ、
人通り、まばらだし、ここらへん。
「――卒業間際の思い出づくり、みたいな? たまきさん」
「それもある」
べつに、わたしはかまわない。
……にしても。
アツマくんでも言わないようなことを……言ってくるんだね。
もし、
もし、アツマくんが、『おまえの髪にさわらせてくれ』って言ってきたら――。
「予想外のリアクションだ、こりゃ。
唐突に赤くなって、ブンブン首振ってる。
とつぜん、どうしたの? 羽田さん」
「……」
「『髪さわらせて』なんて、彼氏にも言われたことがなかった――とか」
「……!」
「――そんな美人な顔でうろたえなくても」