【愛の◯◯】稽古を見ているだけでヘトヘト

 

放課後。

『6年劇』の稽古を見に行こうとしたら、アカちゃんに呼び止められた。

 

「ハルくんの試合が土曜日にあるの」

「知ってる。あすかちゃんから聞いたよ」

「あいてる? 土曜日」

「――応援したげるに決まってるじゃないの」

「来てくれるのね! よかった」

「アツマくんも引っ張ってくよ」

「うれしいわ。応援する人が多いほうが――チームも頑張れる」

「勝たなきゃ最後、だもんね」

「相手はちょっと手強いみたいだけれど…」

「それでも勝つって信じなきゃ」

「アツマさん――アツマさんから、なにかアドバイスもらえないかしら?」

「ハルくんに?」

「ハルくんだけじゃないわ。サッカー部みんなに向けて」

「あ……アツマくんは、サッカー専門じゃ、ないからな~」

それでもアツマさんでしょ

 

アツマくんが……守り神みたいな存在になってる。

そこまで崇(あが)めるかー。

さすが、母校にとっては、伝説の男……。

 

× × ×

 

 

松若さんといっしょに、稽古を見学している。

 

水無瀬さんの稽古はやっぱり怖い。

主役の八洲野(やすの)さんをしごいている。

 

ヤスノ!! 何度言ったらわかるの」

 

苗字を名前みたいなイントネーションにして、「ヤスノ!!」と、八洲野さんを……恫喝(どうかつ)しまくる、水無瀬さん。

 

あんたこの6年間、いったい何をしてきたの!?

 これはわたしたちの集大成なんだよ!?

 聴いてる!?

 集大成。

 6年間の。

 この学校で学んだ、中高6年間の、長い月日の!!

 そのための『6年劇』なんでしょーがっ!!!

 なんにもしてこなかった、なんて言わせないんだからっ!!

 あー、それとも。

 ほんとにヤスノ、あんたなんにもしてこなかったんだね。

 こんなにたっぷり時間があって。

 怠けてたんだー。

 あんたさ、

 なんにもできないんならさー、

 ここにいる意味……あんの?

 そこに立ってる意味、舞台に立ってる意味、ないんじゃないのかなー?

 

 

――怖い。

怖すぎるし、言い過ぎ。

言い過ぎだと思うが、水無瀬さんに何か言えるような雰囲気じゃない。

隣の松若さんも、息を呑んでことばを失っている。

 

怯える舞台上の八洲野さん。

大丈夫なのかな――?

でも、こんなに水無瀬さんにどやされても、

彼女は一度たりとも泣き顔を見せない。

泣き出しちゃっても、おかしくないような立場なのに。

 

 

× × ×

 

「よくふんばるよね、八洲野さん。あたしだったら、あの舞台にはとても立てないよ」

心底疲れたような表情で松若さんが言う。

わたしも疲れた。

演者なわけじゃないのに。

稽古を見学するだけで、こんなに疲弊(ひへい)するなんて、先が思いやられる。

演出するのは、水無瀬さんなんだけど。

「――ついていけるのかな? みんな。水無瀬さんに」

こう言わざるをえない。

「疑問だよね。かといって、あたしが口出しするのも憚(はばか)られるような空気だし――」

「松若さんには言う権利があると思うよ。劇の『生みの親』なんだし」

「『生みの親』ねぇ……、どっちが『生みの親』なんだか、わからなくなるよ。あんな稽古見せられると」

「…参っちゃうよね」

ふたりして、嘆息(たんそく)。

 

わたしと松若さんは図書館で文芸部活動――とは名ばかりの反省会、もといクールダウンをしている。

「ヘトヘトだね、ふたりとも」

木幡(こわた)たまきさんだ。

いつもどおりマイペースなたまきさんを眺めていると、少しは精神が和(なご)む……。

「ねぇたまき」

「なーに、マツワカ?」

「あんた、水無瀬さんと八洲野さんの間柄について何か知らない?」

「水無瀬さんと八洲野さんって――あぁ、『6年劇』のことか」

「八洲野さんの主役は水無瀬さんの指名だったんだよ。どういう背景があって、水無瀬さん彼女を指名したのかなーと思って」

たしかに。

「水無瀬さんは一切理由を明言してないものねぇ」

「そこだよ! 羽田さん」

松若さんとわたし、同じ疑問を抱いている。

水無瀬さん直々(じきじき)に八洲野さんを指名した理由。

繋(つな)がりがあってのこと。

そういうことでしょ、水無瀬さん。

あそこまで八洲野さんを罵倒できるってことは――深い繋(つな)がりが存在することの、裏返しじゃないのかしら。

 

因縁?

 

水無瀬さん――説明責任があると思うの、あなたには。

今度、説明を要求してもいいかしら。

 

「――羽田さんがコワい顔になってる」

「え!? えええ!? どうしてわかるの、たまきさん」

「考えごと?」

「考えごとは、してたけど……」

「深刻な悩みごとでも」

「ないない。そうじゃなくって、劇のことで。というか、水無瀬さんのことで」

「ふ~~~む」

たまきさんは持っていた本を置いて、わたしと松若さんのほうに向き直り、

「残念ながら、水無瀬さんや八洲野さんと親しいわけではないから」

「……わからないか、ふたりの関係とか」

「マツワカ、わたしを情報通か何かと思ってるのなら、誤解だよ」

「思ってないよ!」

そう言って松若さんは立ち上がり、たまきさんの傍(かたわ)らに近づいて、今しがたたまきさんが机に置いたばかりの本に眼を落とした。

「…へぇ」

「なに」

「いま読んでるのは、これか~」

「なんでそんなにわたしの読んでる本に興味しんしんなの?」

「たまきの読書傾向に興味を抱かないひとなんていないよ」

「なにそれ」

「――『東北地方における酪農の歴史』」

たまきさんは少しムッとなって、

「書名を読み上げなくたっていいじゃない」

「面白そう、この本――」

「ホントにそう思うの?」

「疲れてるから――どんな本でも、面白そうに見える」

「マツワカ!? お、おかしくなっちゃあだめだよ、マツワカ」

ページを繰(く)る松若さん。

「まるで――文学だね」

マツワカ、もどってきて、マツワカ!!

いつになく慌てるたまきさんが――疲労困憊のわたしたちにとっては、むしろ癒し。

「すべての書物は文学書なんだね――たまき。ね、そう思うでしょ?」

疲れすぎて、なにも考えたくないぐらいだけど――、

松若さんの意見には、ちょっと同意。