大学の講義が終わり、マンションに帰ってくる。
そんなにくたびれてはいない。
とりあえずシャワー浴びる。
Tシャツと短パンに着替えて、ノートPCの前に陣取る。
ふぅ。
× × ×
羽田愛さんと、ビデオ通話。
『こんばんは、小泉さん』
「ハロー」
手を振ってみる。
そして、思わず、
「相変わらず美人だね羽田さん」
絶句する羽田さん。
やべっ、固まらせちゃったか。
「羽田さん、フリーズしちゃってるよ」
『してないです……』
可愛いなあ。
長~~い髪を、手ぐしで整えるような仕草をして、
『小泉さんのテンションがいつもと変わってなくて良かったです』
「わたしは変わんないよ」
『順調そうですね』
「羽田さんも順調?」
『乱調ぎみなときもあるけど……すぐ順調に戻ります』
「だれのおかげで?」
言い出しにくそうなご様子。
からかっちゃった。
からかっちゃったついでに、
「だれのおかげか――当ててあげる。クイズは得意なの」
『……』
「戸部くんのおかげ」
『……』
「ほら、ピンポーンって言ってよ」
『……イジワルなんだからっ』
たしなめられちゃった。
たしなめられちゃったついでに、
「羽田さんと戸部くん、傍(ハタ)から見てたら、すごく理想的な関係だよ」
『すごく理想的って……どういうことですかっ』
「ん~、具体的に説明するの、わたし苦手でさ」
『きょうの小泉さん……なんかズルい』
「ごめんねえ」
『葉山先輩のお誕生日会、ぜったい来てくださいね』
「――まだ、ふてくされちゃって」
『ふてくされてませんから』
「戸部くんもいる? 土曜日」
『あいにく。――ジャマだったら、アツマくんどっかに放り出しておきましょうか?』
サディスティックな。
「放り出すのはかわいそうだよ。戸部くんもいたほうが盛り上がるよ」
『たしかに……』
「あ、本音でた」
『……ところで』
アクロバティックに、話題の方向転換させようとしてる。
けなげだ。
『ところでですね、土曜日のこととはまったく別のことなんですけど』
「なんだ~~?」
『アカちゃんが』
「アカ子さんが?」
『――指定校推薦もらって、小泉さんと同じ大学に進むことになりました』
「あらあらまあまあ」
『なんですかそのリアクションは……ま、いいや。いちおう、報告しておきます』
「報告ありがとう。学部は?」
『経済です』
「文じゃないんだ、残念」
『キャンパスで見かけたら、よくしてあげてください』
「もうわたし三田に来ちゃったけどね」
『そうでした。日吉…でしたっけ? 最初は』
「そう。すれ違いになっちゃいそう」
というか、なっちゃう可能性、高い。
学年的に。
『でも、とにかく、アカちゃんにはよくしてあげてください』
「わかった、わかった」
『キャンパスは違っても、きっとどこかで接点があるはず』
「母校が同じ時点で、接点あるよ」
『でしょっ!?』
――ですよ、羽田さん。
それはそうと、
「羽田さんは、どうするの?」
『志望大学の、ことですか。』
「呑(の)み込み速くて助かる」
『えーっと、わたしは――――』
× × ×
『利比古、呼んできますね』
「最初から呼ぶつもりだったんでしょ」
『だって、テレビ王の小泉さんと接触する機会は、貴重ですし』
「『テレビ王』って、『接触』って」
『テレビ番組作るのが、利比古の部活なんですから』
「なんとか放送協会、だったっけ?」
『桐原放送協会です。略してKHKです』
「なんだか楽しそうな名前だねえ」
『そうでしょっ!? 小泉さんには、是非ともアドバイザーになってほしいんですよ』
「KHK紅白歌合戦とか、やんないの??」
『――あ、それいい。やったら面白そう』
「ちゃんと2時間45分の枠にして、さ」
『2時間45分? 紅白ってもっと長いですよね、放送時間』
あー。
「あのね、昔は紅白って、21時スタートだったんだよ」
『そんなばかな』
「そんなばかなって言うのも無理ないよ。これ、昭和の話だもん」
『さっ、さすがテレビ王ッ、どんどんと小泉さんペースに』
「わたしは紅白にはうるさいよ」
『そうじゃなきゃ小泉さんじゃないです』
「えへへ」
『はやく利比古呼んでこないと。小泉さんのお話、ぜったいに聴かせないと』
「わたしも語るのが楽しみになってきたよ」
× × ×
画面に利比古くんが現れた。
『お久しぶりです、小泉さん』
「お久しぶりね、利比古くん」
羽田さんが、
『利比古、これから小泉さんが、紅白歌合戦の作りかたを教えてあげるんだからね』
『紅白歌合戦…??』
「コラコラ、利比古くんが困惑しちゃってるでしょ」
『ほら、もっとこっち寄りなさい。小泉さんに顔がよく見えるように』
画面中央より少し右に利比古くんが来る。
『紅白歌合戦って、なんですか?』
『ととと利比古そこから!?!?』
『いや、紅白がなにか知らないわけじゃないよ。でも、紅白の作りかた教えてあげるって、どういう意味なのかなーって』
『そりゃ決まってるでしょう!! あんたたちのKHKで紅白歌合戦作るのよ』
「――もう既定路線なの?」
『既定路線という前提で話を進めてもらって構いません』
お姉さんの勢いにうろたえる利比古くん。
『……現状のKHKで、紅白歌合戦みたいなのを制作するのは、時期尚早な気が……』
あえて、
羽田さんの勢いに、のってみるか。
「――まずは司会だよね」
『小泉さんまで、その気になってる――』
呆然状態の利比古くんだが、構わずまくし立てる。
「紅組の司会と、白組の司会。それと忘れちゃいけないのが、総合司会。
まず総合司会なんだけどさ。
ここ4年はウッチャン(内村光良)プラスNHKの女子アナっていう組み合わせだけど、NHKのアナウンサーがやるってイメージが強いよね。
というか、ほとんどそう。
タモリが総合司会やったってインパクトは強いけど、83年のアレは例外中の例外。基本的には局アナよ。
むかし紅組か白組の司会やった人が総合司会になる、ってパターンもある、近年は有働さんなんかがそうね。
2006年みたいに放送中にクレーム来てお詫びしなきゃならないとか、大変な仕事だよ。
うん、ほんとに総合司会は大変、つらい。
『ミソラ…』って言ったばっかりに干されちゃうひととかさ、あんまりにもあんまりだよ、少しはかわいそうだとか思わなかったのかな!?
晒し上げみたいに。
人生狂わせるの、無責任だよ。
当時の文脈は知らないけど、わたしは生方アナウンサーはかわいそうだと思うよ。
紅白に限って、なんでか、そーゆうこと起こるんだよね……」
『――司会を選ぶんですよね。』
唖然としながらも言う、利比古くん。
「選ぶんだよ」
『では今の話は、どういう……』
そうだよね。
ごめんね。
「ごめん、利比古くん……意味はあんまりなかったの」
唖然呆然。
そりゃそーだわ。
派手にやっちゃったなー、と反省しきりだったのだが、
『小泉さんがしんみりしなくたって』
「羽田さん。」
『面白いので――その調子でしゃべり続けてほしいですよ、わたしは』
「羽田さん、面白い? わたしの紅白語り」
『面白いです』
よかった。
やさしい。
元気になる。
「ありがとう羽田さん。いてくれてうれしいよ」
『大げさな』と微笑(わら)う羽田さん。
「大げさじゃないってば」
さて。
あらためて。
「利比古くん――、こっから第2ラウンドだよ」