土曜日、いつもより遅く起きた。
ま、土曜だしいいよな――と思いつつ、階段を下りてダイニングに向かうと、ほかの5人がすでに勢揃いしている。
「おそいよアツマくん」
「――朝飯は?」
「それどころじゃないわよ」
それどころじゃないって、どういうことだよ。
「ほら早く座って」
あすかの正面の椅子が空いていた。
おれは腰掛けた。
ふふーん♫ と誇らしげにあすかが微笑んでいる。
まるで、一刻も早く、伝えたいことがある――そんな感じだった。
「これで全員揃ったね」
「はい、おねーさん」
「なんだよ、重大発表でもあんのかよ」
おれの問いに、
「そう。重大発表。」
あすかが微笑みを絶やさずに答えた。
「お兄ちゃん、きょうはなんの日か知ってる?」
「え? 旧・体育の日」
「クイズ。体育の日はなんで10月10日だったのでしょう」
「え……。わからない」
「お兄ちゃんは不勉強だなあ」
「悪かったな不勉強で」
「昭和39年東京オリンピックの開会式の日だからだよ」
「オリンピック?」
オリンピック。
オリンピック、オリンピック……待てよ。
オリンピックといえば……あ!!
「――もしかして、オリンピックつながりで、『作文オリンピック』の発表がきょうだとか?」
「珍しく呑み込みが早い!」
あすかの意外そうな反応。
「『珍しく』は余計だっつーの」
ちょっと待てよ。
『作文オリンピック』の発表がきょうで、わざわざ邸(いえ)のメンバー全員集めて「重大発表します」ってことは――。
「――おまえまさか、賞でももらったの?」
ふふふん♫ と得意げになるあすか。
「あすかちゃん、賞よりもっと凄いものもらったんだよね」
「なんだよ、愛はもう知ってんのかよ」
「明日美子さんも知ってるよ」
「なんで母さんや愛には伝えて、おれに隠したんだ」
おれの不満とは裏腹に、とても満ち足りた様子のあすか。
「だって――そのほうが面白いでしょ」
不敵に言う、おれの妹。
「おれは面白くねーぞ」
「お兄ちゃんビックリさせたくて」
「悪趣味な……」
――悪趣味なのは、いいとして、
「で、おまえはいったいどんな凄いものをもらったんだ?」
幾分あらたまって、コホンと咳払いするあすか。
もったいぶらずに早く言え。
「えーっとですね、
わたくし、戸部あすか……、
このたびの『高校生作文オリンピック』におきまして、
銀メダルをもらうことになりました」
「……銀メダルって、銀賞?」
「意味合いがぜんぜん違うわよ、アツマくん」
「どう違うんだよ、説明してくれよ」
「この『オリンピック』に、何人ぐらい応募したと思う?」
見当もつかない。
見当もつかないでいると、愛は続けざまに、
「応募総数知ったらビビるわよ」
「――どのくらいだったんだ? 応募総数」
愛は応募総数を言った。
「――銀メダルって、『2位』ってことだよな」
「あたりまえでしょ」
「トータルで『2位』ってことだよな」
「あたりまえでしょ鈍いんだから。
日本全国の高校生のなかで『2位』なのよ」
愛に説明されて、
初めて、事の重大さを知った。
あすかが……全国各地から応募してきた……そんな多数の高校生のなかで……、
2位。
天文学的な倍率をくぐり抜けて――おれの妹の作文が、全国2位。
照れ顔であすかが、
「銀メダルってのが、ちょっとカッコつかないんだけどね。上にひとり、いるってことだし――」
「なっなにいってんだ、素直に喜べよ」
「わたしは喜んでるよぉ、お兄ちゃん」
「それは……おめでとう、だなぁ」
流さんが、驚きながらも祝福する。
「アツマさんが現実感ないのもわかる気がします。凄すぎますよ……あすかさん」
利比古が、目を丸くしてあすかを称(たた)える。
「戸部邸始まって以来の歴史的快挙ね」
「母さん、なんでそんな冷静なんだ」
「違うよ……冷静に見えるだけ。
わたしがいちばん喜んでるよ。
あすかとおんなじぐらい、嬉しいよ。
まだ胸がザワザワしてる。
興奮で――しばらくお昼寝もできなさそう」
娘の快挙に、母さんは穏やかに興奮している。
「ほら、アツマも言ってやんなさい、『おめでとう』って」
母さんに促されたら、言うしかない。
ただ――なんだか、妹を正面から見つめるのが、気恥ずかしい。
それでも言おうとした。
言おうとしたのに。
口を開いたら、出たことばが――、
「……父さん、やったよ」
右隣の愛がハッとする。
あすかも、おれのことばを承(う)けて真面目顔になる。
「父さん……あすかを祝福してくれるよな。」
天井を見上げた。
あすかに、いまの顔を見られたくなかった。
でも、涙声はどうしようもなかった、隠せなかった。
「アツマくん……ハンカチ」
「要らない」
「どうして」
愛をあえてスルーして、あすかに向き直ろうとする。
でも、無理だった。
「あすか……ごめんな、『おめでとう』って上手に言えなくて。じぶんの気持ちが…こんがらがって」
母さんがしみじみとしているのが、見なくたってわかる。
あすかには――おれの気持ち、伝わっているだろう。
伝わっていないはずがない。
「……あんまりしんみりするのはナシにしようよ」
「ああ……そうだよな。その通りだあすか」
その通り、なんだけれども。
「悪い……余韻にひたらせてくれ」
だよね、と、何もかも把握したおれの妹が優しく微笑(わら)う。
時間はたゆたう。
静かに、穏やかに、しみじみと、優しくたゆたう。
いまの一瞬一瞬に身を任せたくて、おれは目を閉じる。
何も見えないけれど――眼の前のあすかがどんな表情をしているか、感情までもひっくるめて――手に取るようにおれはわかる。
たとえ銀メダルでも――、
おれの妹は、世界一の妹だ。
表彰台の、てっぺんだ。