【愛の◯◯】恵那の忠告

 

こんにちは、スポーツ新聞部副部長・瀬戸宏(せと こう)です。

一週間ぶりのご無沙汰…でしたか??

「またおまえかよ」って声が、どこからか聞こえてきそうですが。

ハハハ……。

 

× × ×

 

あすかさんは、今日も活発である。

「桜子部長、はい、記事の原稿です」

「あら、もうできたの」

「巨人の澤村とロッテの香月のトレードに関する記事だったので――昨日の放課後のうちに書いちゃっても、良かったんですけど。明日の新聞に載っけるとなると、ちょっと情報として遅いかも」

きょとんとする桜子。

「ぶ、ぶちょう、あの――」

「あすかさん、澤村、いつの間にトレードされたの?」

あすかさんは目を丸くして、

「昨日の午後ですよ、発表されたの!? 放課後にはわたし知ってましたよ、部活でも話した気が――!」

「ごめん、ごめんね、あすかさん」

桜子は哀願するような顔で、

「わたし――さいきん、昨日のことも、覚えてないこと多いの」

 

「部長……!!」

 

「あすかさん……ダメダメね、わたし…」

 

いたたまれなくなったおれは、

「桜子、ちょっとおれ、外、回ってくるわ」

 

桜子は何も言わず、うなずいて了承。

そのとき、

 

「…タイミング悪っ。」

 

と、

岡崎が、

誰にでもなく、ボヤくのが聞こえてしまった。

 

いたたまれなさにいたたまれなさが重なって、おれは活動教室のドアを閉めた。

 

× × ×

 

行くところは決まっている。

プールだ。

 

神岡恵那(かみおか えな)が、きょうも熱心に練習している。

寡黙(かもく)な恵那は、ストイックに練習することで、自分を語っている。

淡々とではあるが、その練習ぶりには、有無を言わせぬ、アスリートとしての、スイマーとしての説得力がある。

 

 

――夏祭り。

おれは恵那と一緒だった。

恵那が浴衣を着てきたので、おれは意外だった。

「あんまりジロジロ見るなっ…」とか、言われてしまったけど。

 

 

金網サイドで、声をかける。

「今日もがんばってんなあー」

すると恵那は、

「今日もご苦労さまだね、変態」

と、ひどいことばを浴びせてきた。

「ど、どこが変態だよ」

おれはそんなエロい眼で水着は見ないつもりだぞ。

「――だって、」

恵那はこちらを見ずに、

「この前の、お祭りのとき――あんたキモいこと、言ってきたから」

あーーーーー。

そのこと?

恵那、若干照れている感じがする。

 

たしかに。

キモいこと、言っちゃったかもなあ。

 

 

 

恵那。おれはおまえに、夢を託してるんだ。

 おれは…おれは、もう泳げないから……

 

 

 

――たしかに、「夢を託してる」なんて、気持ち悪いよな。

ある意味。

 

変態的な? 感傷にひたっていると、

珍しく、恵那がおれの顔をまじまじと見てきた。

 

「んっ、どうした」

「宏は――」

 

珍しく珍しく、恵那がおれの名前を言う。

 

「――宏は、わたしのことばっかりだよね」

 

???????

 

「それは――プールに来過ぎ、ってこと???」

「それもあるんだけどさ、」

恵那は背中を向けて、

「ほかの子のことも――気にしたほうがいいよ」

 

ん――。

 

「どういうことだよ…それ。

 ほかの子、って、具体的には」

 

恵那は、背中を向けたまま、

あんたを気にしてる誰かの気持ちをもっと気にしなよ。

 ――わたしばっかりじゃなくってさ。

 まわりがちょっと、見えてないよね」

 

 

おれは上手くことばを返せなかった。

 

恵那には、なにが見えているんだろう。

 

プールにいる恵那しか、おれは見ていなかった。

 

プールではないところで――おれが見えていないものを、恵那は見ていたのかもしれない。

 

「夢を託す」とか、あんなに恥ずかしいことも言ったのに、

恵那のひとつの側面しか、見えていなかった。

 

たぶん、

恵那は、おれが見てないものを見ている。

おれが、知らないことを、知っている――。