夏祭りから帰ってきたあたりから、あすかの様子が何やらおかしい。
やけに、おれに懐(なつ)いてくる…。
× × ×
朝食を終え、食器を流しに運ぼうとしたら、やにわにあすかがおれの背中にひっついてくるのだ。
「もういっちゃうの……? お兄ちゃん」
完全なる甘え声で、おれから離れようとする気配がない。
「えーっと、とりあえず、食器を運ばせてくれよ」
「バイトってそんなに早く行く必要あるの……」
会話がまったく噛み合ってねぇ。
「なんだ? おまえはおれに邸(いえ)にいてほしいのか?」
「そんなんじゃないよ」
じゃあそのほっぺたの赤さはなんだよ。
「……でも、できるだけ長い時間、お兄ちゃんといっしょにいたいかな。
だから、もうちょっと朝はゆっくりしていってもいいじゃない。
そんなにせわしなく朝ごはん食べなくっても」
なんだよ、そういうことかよ。
バイトに行くギリギリまでおれに懐(なつ)いていたい、と。
結論を先に言え。
出かける時刻ギリギリまで、あすかはおれの傍(かたわ)らに居続けていた。
玄関まで見送りについてくる。
前はこんなことはなかった。
妹のなかで、いったい、なにが――。
「いってらっしゃい、おにーちゃん♫」
右腕を掴みながら、満面の笑顔でおれを送り出す妹。
愛情いっぱいの笑顔。
その愛情が、不可解ですらあったが、
デレ期――!?
× × ×
「ただいま」とドアを開けると、案の定あすかが待機していた。
「おかえりなさい、おにーちゃん♫」
愛情満点スマイル。
「おまえ、エプロンなんかつけてどうしたんだ」
なぜか目を細め、
「家事を……やっていたの…」
「家事!?」
「そう……、お兄ちゃんが帰ってくるまでに、掃除や洗濯は、やっておかなくちゃいけないと思って…」
「どんな理由だそれ。いったいぜんたい、どうしちまったんだおまえ」
しかし妹はおれの驚愕を華麗にスルーして、
「荷物、運んであげるから」
エプロン姿でおれの荷物を持ちとたとた、と歩く妹。
「部屋まで運ぶ気か? さすがに自分で持っていくぞ、そんな荷物ぐらい」
立ち止まり、人差し指を口元に当てて、
「そう……」
とつぶやき、なにか思いついたように、ソファにおれの荷物を置き、その隣に座る妹。
なぜ座った? とおれが疑問に思うが早いか、
「きて」
と、自分の隣に座るように、おれを促してくる。
「――ったく」
おとなしく素直にあすかの左隣に腰を下ろす。
「うれしい――」
「なにが」
「お兄ちゃんが素直で」
「あっそ」
「バイトおつかれさま。お兄ちゃん」
「ありがと」
「お兄ちゃんが頑張ってると――わたし、嬉しくなる」
は!??!
なに言い出すんだ、コイツは。
そんなこと今まで一度も言わんかったクセに。
言わなかったよな――こんなこと。
コイツに限って言わなかったはずだ。
基本、あすかはおれを立てないから…。
「ねーねーお兄ちゃん、肩…こってるよね…こってるでしょ?」
「いや? そんなに」
「も~、嘘でも『こってる』って言ってよぉ~」
またもや、甘えるような声。
「叩かせて――肩。」
そしておもむろにおれの肩を叩き始めるあすか。
コンコン……というリズムが、なかなかにリズミカルで、なかなかに心地よい。
あすからしくない肩叩きの腕前を意外に思いつつも堪能していたら、
愛が通りかかるのが見えた。
愛は、仲睦まじき兄妹の様子を一瞥(いちべつ)、したかと思うと、その場から去っていった。
おれたち兄妹を一瞥した愛の顔が――、
ヤキモチ焼いてるように、
見えたのは、
気のせいか、
気のせいだよな?