土曜の夜はにぎやかだ。
夏祭りは人でごった返している。
アカ子さんとハルさんを――意図的にふたりっきりにさせた。
ふたりの、彼女彼氏の事情を知っている人間全員が、空気を読んで、わざとそうさせたみたいな感じ。
だから、わたしたちは――共犯者。
それに、岡崎さん、ハルさんとずっと一緒の空間にいたら、居心地悪いだろうから――とか、そんな複雑な要素も絡まっていた。
「ハルさんどっか行っちゃいましたねー」
「別に……どうでもいい」
岡崎さんの手の甲の傷はもう癒えている。
ハルさんとの因縁は――まだ、持ち越すみたいだけど。
「あのですね岡崎さん、『別にどうでもいい』ってボヤくのは、実はどうでもよくない、ってケースが往々にしてあって」
「あすかさんはおれをからかう気か」
怒った様子はないけど、呆れたような様子。
トホホ…といった感じだ。
よし、完全にこっちペース。
「はい、からかってます」
「きみはどうしようもないなぁ…」
「すみまっせ~ん♫」
「…そういえば」
「なんですか?」
「…きょうのきみは、おれのことを、『お兄ちゃん』と呼びかけたりしないんだな」
あー。
指摘されて、初めて気づいた。
「悪いクセは…直さないといけないので」
「アツマさんの幻影は……もう追いかけてないんだな」
「かっっっこいいこと言いますね! 岡崎さん」
岡崎さんが、詩人か役者になったみたいだ。
きょうのわたしが一味違うなら、
きょうの岡崎さんも一味違うのかも。
「別にかっこよくない…漫画かなにかの受け売りさ」
「――ところで岡崎さん。
いつの間にやら、
わたしたちも、グループから遠ざかってきたみたいです」
「わたしたちっつったって、きみとおれしかいないぞ」
「ふふふ…。
共犯者ですね、
わたしと、岡崎さん」
「離れたのなら、だれかと連絡をつけて――」と、にわかにスマホを取り出す岡崎さんに、待ったをかけるようにして、
「岡崎さん!」
「い、いきなり叫ばないでくれよ」
そのスキに、
スマホを持つ岡崎さんの右腕を、素早くわたしは掴(つか)んだ。
「岡崎さん。
なんでわたし、岡崎さんを誘ったか、わかってますか?」
驚いて沈黙の岡崎さん。
「『岡崎さんといっしょに夏祭りを回る』って、ちゃんとわたし書いて送ったはずです」
「で、でもそれは、おれとだけ、ではないって意味だろ? みんなといっしょに、」
「もう少し、相手の立場になって考えてくれたら、わたし嬉しいんだけどなー」
わたしは右腕を持ち続けている。
彼の頬(ほほ)が、少し赤みがかってくる。
「はっきり言います。
わたしとふたりで、今夜は過ごしてください」
誤解を招く表現をした。
でも、それはわざと。
「行きましょう。屋台、いっぱいありますよ」
岡崎さんがキョドってるあいだに、右腕をぐいっと引っ張る。
× × ×
ばかみたいなやりかただ。
素直じゃないから、年上の男子を、からかったり、戸惑わせたり。
わたしらしくない行動かもしれない。
その行動に駆り立てているのは――たぶん、正体がじぶんでもはっきりしない、岡崎さんへの感情。
歪んでるけど、甘酸っぱい、
そんな感情。
年上の異性へのあこがれは、きっとその感情に含まれているんだろうけど、
わたし、岡崎さんを好きなのかどうかなんて、わかんない。
ただ…、きょうの夏祭りの夜だけでも、岡崎さんがそばにいてくれたら、
花火が打ち終わるまでずっと、岡崎さんがそばに寄り添ってくれたら、
大事な思い出になるし――、
岡崎さんとタコ焼きを食べたり、
焼きそばを食べたり、
ラムネを飲んだり、
金魚をすくったり、
射的をしたり、
そんなことができたら――お釣りがくるぐらい楽しいに決まってるから、
わたしはみんなに対して、ワガママになった。
× × ×
そしてわたしと岡崎さんの共犯コンビは、縁日のありとあらゆる楽しみを楽しんだ。
最初は、ワガママにじぶんを振り回してくるわたしの豹変(ひょうへん)ぶりに、びっくりしていたみたいだったけど、金魚すくいを5回連続で失敗するわたしの姿を目の当たりにしたあたりから、岡崎さん、『その気』になったようで――。
輪投げで失敗しまくっているのを見かねて、
「こう投げるんだよ!」
と、手本を見せるように、次々と投げた輪を景品に嵌(はま)らせていくのだから、わたしのほうが彼の投擲(とうてき)技術に驚いていた。
そしてなぜか彼はわたしが失敗したぶんの輪投げ代を立て替えてくれたうえに、ゲットした景品のいくつかを分け与えてくれた。
「ああいう、投げる系のゲームは得意なんだ」
「スポーツマンですもんね」
「ああそうだよ、元々アスリート気質だからな!」
「いまの岡崎さん、なんか自信満々」
しかし、なぜかそこで岡崎さんは口ごもる。
変なタイミング。
「――調子に乗り過ぎに見えるかな、いまのおれ」
「…いえいえ。
嬉しかったんですよ、わたし。
この景品、なんのキャラクターか、わかりますか?」
「いや、わからない」
「『ホエール君』です。
クジラで、いっつも吠えているので、『ホエール君』なんです。
ほら、このホエール君も、口を大きく開けて吠えてるでしょ?
わたしが好きなゆるキャラベスト5に入ってます、ホエール君」
「……そっか。」
「――なんでさみしそうなんですか岡崎さん??
あ、たぶん、祭りが終わっちゃうのが、さみしいんでしょ!
もう花火タイム、始まっちゃいそうですもんね~」
しかし、さみしそうな表情を岡崎さんは変えない。
思わず、さらに話しかけようとするのを逡巡(しゅんじゅん)してしまうわたし。
流れが――淀んでくる。
一抹の不安がわたしの胸の中に産まれ、
その不安は、
芽吹き、
茎を伸ばし、
育っていく。
祭りのボルテージと反比例するかのように、
不安は育つのをやめない。
「――あそこに座らないか?」
心臓が、ジャンプした。
「話したいことも、あるから。」
それは、小さいがはっきりとした声だった。
× × ×
隣同士座る。
その光景は、関係ない人から見たら、お祭りデートのカップルにしか見えないはず。
でも……。
はじめは岡崎さんといっしょな方向を見ていた。
夜空を見上げ、『きれいに花火が舞い上がるだろうなあ』とか、要らない想像をしてみたりも、した。
だけど。
不必要なまでに、どくんどくん、と緊張が襲ってきて――、
覚悟する勇気もなくって――、
いつの間にか、岡崎さんから顔をそむけていた。
上がる花火。
花火、
花火、
不必要に、わたしたちのほうまで照らしにくる、
光。
花火の轟音が、恐怖心をあおる。
その恐怖心は、岡崎さんの打ち明けるであろうことばに対するもの。
浴衣が、嫌な汗でジワジワと湿ってくる。
「大丈夫?」
「……」
「飲み物でも、買ってきてから、話そうか。」
首を横にブンブン振る。
「……はやく言っちゃってください。
今すぐに、言ってくれないと、わたし岡崎さんを生涯うらみます」
「わかった……。
あすかさん、
おれは、
桜子のことが、好きだ」
――舞い上がれ、花火。
百発、一千発、
百万発、一億万発、
舞い上がれ、一生一生――舞い上がっちゃえ。