板東(ばんどう)なぎさ。
桐原高校2年女子。
元・放送部。
現・KHK(桐原放送協会)…。
× × ×
放課後。
旧校舎【第2放送室】。
麻井会長が何も指示を出さないので、わたしたち後輩3人は、思い思いにくつろいでいる。
――もっとも、黒柳くんとか、くつろいでるというよりも、くたびれてるみたいに、ボーッと虚空を見つめているかのようだ。
わたしと羽田くん(新入生)はめいめいの椅子でめいめいの読書をしている。
肝心の麻井会長はというと、頬杖をついて、何やら考えごとにふけっているみたいだ。
そういう麻井会長は比較的珍しい。
わたしは、会長に声をかけてみる。
「会長。」
反応してくれない……。
「聞こえてますか、会長」
再度、わたしが声をかけると、ようやく、ハッとして、気づいてくれた。
ハッとしたときに、一瞬だけ、うろたえたような表情になったのが気になった。
うろたえたというよりも、「子どもに戻ったような顔つきになった」といったほうがいいかもしれない。
けれど、すぐに会長はいかめしい顔つきになって、
「何か用?」
「…はい。
昼休みの、旧校舎向け放送の話ですけど――。
けっきょく、GW明けても、タイトルが『ランチタイムメガミックス(仮)』のままですよね。
題名変更するんじゃなかったんですか?」
会長の眉がピクンと動いた。
「アタシ、良い案がまだ思いついてないし。
生意気にも、羽田が案を考えてきやがって、アタシに見せにきたんだけど」
「呼びましたか、会長」
「だまれ羽田」
「……」
「ダメです会長。羽田くん絶句してるじゃないですか。」
たしなめると、お返しの、舌打ち。
「…ともかく羽田の案、というより羽田のネーミングセンスが最悪だったから、全部却下した。今ここで晒し上げたいぐらい最悪だったから」
ひどい……いつもながら。
これで有能じゃなかったら、絶対このひとにはついていってない。
青い顔をしている羽田くんの手元を会長は見る。
「何読んでんの羽田は」
「泉麻人(いずみあさと)さんっていうライターさんの本です。
テレビ博士なんですよこの人。
以前、過去作品の学園ドラマ風ドラマを観させてくださったことがあったじゃないですか。
泉麻人さんは、昭和40年代の青春学園ドラマにも詳しいみたいで――」
「ふーーん」
羽田くんの語りに無理やり割り込む会長、とても不満そうだ。
「あの…実は放送系の部活に関心を持ったのも、家に泉麻人さんの本があったからで……」
「そういう方面に行っちゃうんだ。
――やっぱりガッカリだわ、アンタには」
青い顔が、羽田くんに戻ってきてしまう。
「オタクっぽい、って言うつもりないよ。
でも知識先行だね、どうもアンタは。
そうやって他人の書いた本で過去のテレビの知識つけようったって、KHKでは通用しないよ?
番組の制作現場に、頭でっかちな人間はいらない。
足手まとい。
とくに、テレビの知識で頭でっかちな人間はね…」
「………、
知識って、
そんなに、不要なものでしょうか?」
「あん!?」
「す、すぐに役に立つとは言いませんけどっ、あのその…すぐには役立たないけど、きっといつか役立つようなものが、知識であると…ぼくは思ったりして」
「自信なさすぎに言うねえ羽田は!! そんなにオドオドして!!」
だんだん、会長の声の響きが、苛烈になってきた。
「しかも、『きっといつか役立つ』っつったって、アンタ抽象的なことしか言ってないじゃん!!
知識が役に立つって、具体的なexampleあるの、exampleが!?!?」
「exampleなら…あります」
会長が、
数秒間だけ、
戸惑う子どものような、
そんな顔を見せた。
「……ぼくには麻井会長と同じ学年の姉がいるんですが」
「……らしいね。
でもそれがどーかしたの」
「姉はよく本を読んでいて、本当によくものを知っているんです。
文芸部の部長を、しているんですけど、
先代の文芸部の部長さんに、こう言われたって、
『あなたの文学の知識は圧倒的だった』って、
本当に、本当に感謝されたらしくって――。
知識というのは文学に限った話ではなく、姉が教えてあげた知識のおかげで、大学に合格できたと、その先代の部長さんから、国立の前期試験の合格発表のあとに、連絡があったそうで――」
『国立の前期試験』というワードが羽田くんから飛び出たとたんに、
会長は、わたしたち全員から、目をそむけた――。
羽田くんは会長の様子が心配になってきたみたいで、
「――どうしました? 会長」
「――ぜんぶ姉だよりじゃないの」
吐き捨てるようにつぶやく会長。
このままじゃ会長がダメだ、
そう思って、わたしは2人の激論に介入するようにして、言った。
「会長。羽田くん、こんなにしゃべってくれてるんですよ。
羽田くんの気持ちを、受けとってあげてくださいよ。」
最後のほうは、なだめるような口調になってしまった。
「……でも羽田の言い草はぜんぶ姉だよりなんだからっ」
ふたたび、会長はそう吐き捨てて、
ミキサーの端っこを、ちからなく叩いたかと思うと、
――【第2放送室】から、走って出ていってしまった。
あわあわとするよりない羽田くん。
わたしにも、場をどうやって収拾すればいいか分からない。
黒柳くんは、くたびれたかのように虚空を見つめるばかり。