保健室
「あら青島さんじゃないの」
「こんにちは」
「6月以来?」
「そうですね。愛が授業サボって寝てるっていうんで、様子を見に来たとき以来かな」
「高等部になってから、あんまりやって来なくなったよね」
「去年は2回だけ……ですか、お世話になったのは。
バイオリン滅茶苦茶に弾いてたらぶっ倒れて、愛に運び込まれたときと。
音楽の授業中にぶっ倒れて、荒木先生に運び込まれたときと。」
「どっちもぶっ倒れてるw」
「派手にやらかしちゃいましたねぇ」
「でも、中等部のころと比べたら、全然じゃない?」
「たしかに、ここにお世話になることは、めっきり減りました。
……寂しいですか?」
「……ちょっぴり。
だけど、ここをあまり頼らなくなったってことは、健康であることの証拠でもあるじゃないの。
たぶん、あなたのなかで、なにかが大きく変わったんだわ」
「友だちがーーできました。」
「良かったわね、
それはほんとうに良いことだよ、
さやかちゃん。」
「ーー下の名前呼びになったw」
「だって、昔っからそうだったじゃないの、さやかちゃんww」
× × ×
4年前ーー、
10月だったか、11月だったか。
突然、保健室に、中等部の子が駆け込んできた。
『どうしたの?』
『……』
『(開け放しになったドアを閉めつつ)黙ってちゃわからないよね。
1年の子ね。
ーー生理痛か。』
『!! ……』
長椅子にうずくまるようにして座り込んだ彼女に歩み寄って、『薬があるよ。』と穏やかに安心させるように声をかけた。
当時赴任して間もなかったわたしは、マニュアル通りみたいに、『これに名前と症状を書いてね』と、問診用紙をはさんだバインダーを彼女に渡そうとした。
それがマズかった。
彼女は、バインダーから問診用紙を引きちぎったかと思うと、用紙をビリビリに破いてしまったのだ。
『『どうしてそんなことするの!』』とわたしは怒りかけたが、次の瞬間、
【わたしも同じことをしたことがある】
と、彼女と同じ頃のーー中学1年のころのじぶんを思い出して、ハッとなった。
『ーーごめんね。
書きたくなかったら、書かなくってもいいよ。』
『………すみません』
わたしは彼女のすぐとなりに、寄り添うようにして腰掛けた。
『……痛い』
『腰が?』
『なんで…わかるんですかっ』
『そりゃー、女同士だもん。
あたためるといいよ』
『それぐらい知ってます』
『知ってるのと、自分で対処できるかどうかは別だよ』
『(悔しそうに顔をそむけて)……』
『まだあんまし、こういうのに慣れてない、と』
『(怒りっぽく)わたしやっぱり教室に戻ります』
『じゃあなんでわたしにひっついてるのw』
『青島さやかさん、か。
どう?
少しづつおさまってくるころじゃないかしら』
『ひとつ質問してもいいですか』
『なんで生理痛に慣れてないなんてわかったかってこと?』
『そんな大声で言わないでくださいっ』
『いま、だれもベッドで寝てないよw』
『そりゃ直感だよ。女のカン』
『嘘でしょ。
説明逃れに便利だから、そう言ってるだけ』
『よくわかったわねw
青島さん、あなたオトナなのね』
『からかわないで』
『ーーはじまったの、1学期だったんでしょ』
『気持ち悪い。無神経。誘導尋問みたいに』
『図星なのね』
『もうヤダ、帰るっーー』
『わたしもそうだったの。中学1年の1学期。』
『(呆然として)!? どうして自分からーー』
『安心させるためかな』
『最初からカミングアウトするつもりだったんじゃ』
『それもある。
それにしてもねーー。
もうそろそろって、覚悟はしてるんだけど、いざなってみると、びっくりしちゃうんだよね』
『ーーおかしなヒト。』
『コラっ、せんせい、って言いなさい?w』
『せんせい、ヘン。
ここに来てからわたしとせんせい、ヘンなやり取りばっかり。』
『だいぶーー落ち着いたね、青島さん』
『うん。』
× × ×
「せんせい?
一ノ瀬せんせい?」
「( ゚д゚)ハッ!」
「ハッ! じゃないですよ、せんせい。
心ここにあらず、って感じで、なにか思いつめてるみたいだったーー、
(優しく)どうかしたんですか?」
「思いつめてたんじゃないの、ちょっと思い出していたの」
「思い出してた? なにを?」
「知りたい? 知りたいのなら耳貸して」
「そんなヒミツにしときたいことなのかぁ。
わかった。
わたしとせんせいが、初めて出逢ったときのことでしょ」
「ご、御名答」
「そうですよね~。
読者によってはドン引きするかもしれないような内容だから」
「ど、ど、読者!?」
「(ふー、とため息をついて)わたし、せんせいにいろいろワガママ言ってたな、あのころは。
『授業に出たくない!』とか、
『部活に出たくない!』とか。
で、新任早々の若かったせんせいを戸惑わせて、困らせてーー」
「こら💢」
「あ」
「い・ま・で・も・若いでしょ💢 ギリギリ20代だって知ってるでしょっ」
「(^_^;)そうでした」