わたし一ノ瀬。
とある女子校の、養護教諭。
ーーことしも、あと1ヶ月ですかぁ。
はーっ
放課後
保健室
♫扉を控えめにノックする音
「どうぞー」
おずおずと入ってきたのは、理科の上重先生だった。
「こんにちは、上重先生。珍しいですね」
「そうですねえw
…実はちょっと、熱(ねつ)っぽくて。
面目ない…」
「じゃ、体温をはかってください」
「え、解熱剤のようなのを頂ければ、と思って来たのですが…」
「ダメですよー、体温はほんらい、毎日はからないといけないものなんです。
自分の症状がいまどのレベルなのかを把握するためにも、自分の体温はきちんと知っておくことーーそれが、ゆくゆくは予防にも役立つんです。
はい、体温計どうぞ」
「いやー、面目ないなあ」
「解熱剤はそのあとです!」
「すみませんねえ、よろしくおねがいします」
× × ×
♫扉がガラッと開く音
『しつれいしま~す』
高等部2年の青島さやかちゃんが入ってきた。
「さやかちゃんじゃない」
「こんにちは、せんせい」
「寒いわねえ」
「ですね~w」
「あのー、
上重先生がさっき、保健室から出てきたのを、見てしまって。
それでびっくりして、つい」
「入ってきた、と」
「なんか…入れ替わり、みたいになっちゃったけど」
「そんなビックリした?w
微熱があったみたいだから、体温はかってもらって、お薬渡して」
「微熱……」
「知恵熱かもねw」
「…上重先生、独身でしたよね」
「そ、その質問は、生徒がする質問としては、あんまり感心しないなー」
「せんせいは高校時代、文系でしたか理系でしたか」
「? 理系。」
「そうですか。上重先生と、理系同士ですね」
「そ、その指摘も、生徒がする質問としては、あんまり感心しないなー、わたしは」
「ふふw 言ってみただけです」
「まったくもう…」
まったくもう…
「ひとの詮索するより、自分の心配しなさいよ、さやかちゃん」
「わかってるってせんせいw」
「失恋したらキツいし、しかも失恋する確率は、さやかちゃん、あなたの場合、相対的にとっても高いのよ、
ほんとうにおわかり?」
「ーー先日、同じような忠告を、べつの人にされました」
「へぇ~」
「女の人から。
せんせいより一回り近く若くて、せんせいより脚が長くて」
「(呆れて)余計に余計を重ねるようなことを…」
♫扉をノックする大きな音
「どうぞー?」
すばやく入ってきたのは、ドイツ語の杉内先生だった。
「あっ! 青島がいる!」
「いちゃまずいですかー、すぎうちせんせー」
「ナイン、ナイン」
『ナイン(nein)』か。
ドイツ語、懐かしいな。
大学で習ったなあ。
ほとんど忘れちゃったけど。
「杉内先生」
「はいっ! 一ノ瀬先生」
「見たところ非常にお元気そうですが、なにかあったんですか?」
「えへへ~、からだはピンピンしてるんですけど、実は、突き指しちゃいまして~」
「あら、大変」
「痛いでしょう、杉内先生」
「なんてことないです」
「突き指は痛いものだと思うのですが…」
「へっちゃらです」
「…お強いんですね」
「ほんとに突き指なんですか? 杉内先生。ヘラヘラしてるし」
「こら、そそのかさないのっさやかちゃん」
「仲いいんっすね、青島とw」
「(動揺を隠せないで)すっ、すっ杉内先生? テーピングして、か、患部を冷やしますので」
「はい。」
「しょっ、少々お待ちくださいね。」
・テーピング
「………」
「だいじょぶっすか、一ノ瀬先生?? これ、ちゃんとテープ巻けてるんですかね」
「そうですよせんせい、手つきがなんか怪しいですよ」
「ふ、ふ、ふ、ふたりともしずかにして、
わたしにまかせて。
プロなんだから。
…失敗しちゃった……」
「おちついてよ、せんせい!」
「そうですよ、緊張する必要ないっすよ、たかがテーピングですよ?!」
「ーーされどテーピングなんです、杉内先生」
あれ。
なにやってんだろ、わたし。
「ふたりとも何も言わないでください。
こういうときは応急処置のプロにお任せなんですから。」
「一ノ瀬先生」
「なんですか、私語厳禁です杉内先生」
「声が震えてますよw」
「…私語厳禁です。
失敗しちゃった………!」