わたし、八木八重子。
どっからどうみても、浪人生。
慶應に受かった、高校の同級生の小泉が、
一人暮らしをはじめた。
わたしは有って無いような大型連休の最終日に、小泉に招かれて、
彼女のマンションを訪れた。
「小泉、ちゃんと自炊してる?
部屋の散らかり具合は、葉山の部屋よりもまだマシだけど、さ」
「ごはん炊いてるよー」
「いや、『自炊してる?』の答えになってないでしょ」
「肉と野菜適当に炒めたり、惣菜や冷凍食品もいろいろ買えるし。ほら、『ピーマンがあればすぐできる!』系のやつも売ってるでしょ」
「(-_-;)食器が妙に片付いてるのは、ワンプレートで食べるようにしてるからなのね…」
「名推理」
お互い、夕食はすませている。
「死にもの狂いで勉強しているのに、家事もやらせるわけにはいかないから」という小泉の配慮だった。
優しいーー。
「小泉あんた文学部よね? 2年からはもう三田に移るって聞いたんだけど」
「そうだよ」
「また引っ越すの」
「んー、どうしよっか」
何も考えていないようなことを言って、小泉は軽く背伸びをした。
小泉が背伸びをするのでわたしはさりげなく眼を逸らした。
「自動で肩がこったら揉んでくれるロボットができたらいいのにね。ねえ八木そう思わない?」
「わたしはあんたみたいに長時間PCに張り付かないし」
「ど、どうして知ってるの!?」
「葉山」
「は、葉山のバカ!!」
「いずれバレるw」
「八木ってそんな読書家だったっけ」
「ウィキペディアの文章ばっか読んでそうなあなたと比べたらね」
「わ、ヒドいw」
「もちろん、葉山や、羽田さんたちとは、桁違いに、読んでないけど」
「テレビの視聴率と比べたら本の売上なんて微々たるものだよ。読んでるだけすごいじゃん!」
「わたしはそういうことを言ってるんじゃないの」
「(嘆息して)ーー大学の講義の宿題で、レポート書かせられるの。連休明けに提出だから、もう書き終えているんだけど、なんか自分が書いてる日本語が怪しくって(苦笑)」
「それでよく慶応の小論文解けたわね」
「参考書のおかげ。所詮受験の間に合わせ。
ーーだから、もっと本を読んどくべきだったし、もっと国語の授業もちゃんと聞いておくんだった、って」
「後悔してもはじまんないよ…」
「小泉、『更級日記』って知ってる?」
「古典の授業でやったやつ? 作者がすごいオタクみたいだった気がする」
「(゚Д゚)ハァ?」
「だって源氏物語をあんなに読みたい読みたい!! ってさ。並みの熱意じゃないって、現代だったらオタクだよ」
「(-_-;)・・・・・・」
「井上靖って作家がいて」
「うん」
「『更級日記』を現代語訳してるの。それを読んだの」
「どして?」
「古文の勉強の助けになるかもしれないからって、葉山が自分が持ってた古本をくれたのよ」
日本文学全集、第五巻。
出版社は河出書房新社だけど、もちろん池澤夏樹の個人選集のほうではありません。
「初版昭和35年」
「よくそんな古いの持ってたねえ。さすが葉山」
「ーーで、書誌情報よりもわたしが強調したいのは、」
「?」
「井上靖ってもちろん男性なのね」
「うん」
「でも、女性が書いた日記のような訳文を作るのがすごく上手いの。女性の視点を知っている作家なのね、井上靖は。
文体もさらさらと流れるようで、文章を読んでいて途切れるようなところがなく、綺麗……」
「更(さら)級日記だけに、『さらさら』と流れるよう、かw」
「小泉空気読めない、くだんないダジャレ唐突に言わないで」
「うーん、八木・・・・・・」
「??」
「小説家になったら?w」
「だれもが井上靖になれるわけないでしょうがっ」