放課後
久々の文芸部活動
「羽田センパイ!」
「なぁに? 川又さん」
川又(かわまた)ほのかさん。
高等部1年。
文芸部で、わたしにできた後輩である、
のですが……。
「世界史の授業で、中国の『科挙』について習ったんです」
「ああ、官僚の試験制度ね。
ほんとに人が死んじゃうぐらい難しいっていう」
「それで、宮崎市定(いちさだ)っていうひとの『科挙』っていう本を読んでいるんですけど!」
「ですけど?」
「(本を突き出して)羽田センパイは、この本、読まれましたか?」
「読んでない(即答)」
「えっ……宮崎市定の名前は、知ってますよね…」
「もちろん。読んだことないけど」
「1冊も?」
「1冊も」
「あの…プライベートなことかもしれませんけど…」
「わたしがお邸(やしき)に居候してること?」
「そうです…大学の歴史の先生の家で…、
戸部先生は、もう亡くなられたそうですけど…」
「わかったわかった、川又さんの言いたいこと。
歴史の先生の家だから宮崎市定の本はいっぱいあるだろう、だから宮崎市定の著作を1冊も読んだことがないなんて信じられない…と」
「『信じられない』はオーバーですよ」
「そういや内藤湖南の本も読んだことないなーw」
「!?」
「コナン・ドイルなら何冊も読んでるけどw」
「川又さん、わたし図書館じゃなくて、16歳の女の子なのよ。
それに、著者のネームヴァリューにつられて本を読むのもよくないと思うわ」
「……たしかに、宮崎市定っていうビッグネームに引っ張られて、この新書を買ったのは、失敗だったかもしれません…」
「ブックオフのシールが貼ってあるじゃないの、ブックオフって漫画だけ売ってるんじゃなかったのね」
「あ、あたりまえじゃないですか!! 高〇馬場のブックオフは掘り出し物が多いんですよっ」
「ーーで、失敗だったかも、っていうのは?」
「一言でいうと、つまらないんです。
科挙の内容を時系列順に説明していくんですけど、情報を単調に並べているだけ…の、ような…気が、してくるんですよ」
「時系列、っていうのは?」
「科挙にも段階があって、
- 前段階の、試験勉強
- 予備試験的な、『学校試』
- 本試験の、『科挙試』
という順番なんですけど、『学校試』と『科挙試』は更に細かく分かれていてーー」
「なるほど! のみこめた」
「さすがですねセンパイ」
「で、ぶっちゃけてその本、つまらないのよね?」
「………」
「(* 'ᵕ' )……」
「……京都大学での宮崎市定の講義って、この本みたいにつまんなかったんでしょうか……。
知識をひたすら羅列していくだけのような印象です」
「川又さん、ちょっとその本、見せてくれる?」
「はい」
(パラパラ、とページを繰る)
「82ページまで読んだのね」
「あの、72ページからの『貢院にはお化けがでる』とかは、飛ばしました」
「なんで?」
「どうでもいいと、思って……」
「ふふ……読み飛ばすテクニックがまだまだね、川又さんw」
「どどど、どうしてですか?
どういうことなんですか!?」
「『貢院にはお化けがでる』のところが、『どうでもいい』って、あなた思ったみたいね」
「(ムッとして)違うんですか」
「どうでもいいわけないじゃないw
小説みたいな読み方もできそうよ、この本。飛ばした部分も読んでごらんなさい。
宮崎市定の文学的センスも、バカにできないものねw」
× × ×
「は、はねだせんばい」
「ん? どうしたの川又さん」
「今度…馬場のブックオフに、一緒に行きませんか??」
「( ゚д゚)ポカーン」