【愛の◯◯】「顔がグショグショの八木さんなんてキライだっ」

どうも皆様いかがお過ごしでしょうか。

八木八重子です。 

 

本来なら、ここで「あけましておめでとうございます…」と言うところでしょうが、実のところ、予備校生つまり浪人生には年末年始やら年越しやらお正月やらそういう概念はあってないようなものなのです。

 

なのでお祭り気分な外の空気を避けるように、ひたすら引きこもって勉強勉強勉強……していたらなんと! 1月も1/3を過ぎようとしているんですね。

 

2度めの大学入試は、もう、すぐそこ。

 

・きのう、葉山と電話した

 

『ーーそっか、第一志望、早稲田にしたんだ』

「そゆこと。

 自分の原点に戻るような感じ、だけど」

『わたしの教え子も早稲田受けるわ。建築だから理系だけどね』

「『教え子』って……w

 ヘンな言いかた。

 キョウくん、でしょっ?w」

『わ、わたしは、か、家庭教師なんだから、キョウくんは、教え子』

「葉山らしくない。

 もっといい形容の仕方があると思う」

『たっ、たとえば』

「んーーーーーー、

 

 思いつかないww」

八重子っ

「おこらない、おこらない。

 血圧上がっちゃうよ?

 

 ねえ葉山、気をつけてね、体調。

 特にインフルエンザ」

『気をつけるのはそっちのほうでしょっ、どう考えても💢』

 

『早稲田のほかには、どこ受けるの?』

「戸部くんの大学とか」

『ああー、すべり止めか』

「『ああー』じゃないよ。

 戸部くんに失礼じゃない」

『でも戸部くんの大学がすべり止めであることは否定しない』

「そこはね……w」

 

『関西の大学はどうなの?

 関関同立とか』

「受けないよ、こっちの大学だけ。

 お父さんに負担かけたくないし。

 無尽蔵に受験料があるわけじゃーないからねー。

 受けるところは、ある程度絞った結果」

『でもさみしくないの』

 

「……」

 

『八重子の話しぶりだと、工藤くん、たぶん京都大学ダメでも、大阪大学受けるよ、関西に固執(こしつ)すると思う。

 

 抜け出したいんだよ、工藤くん。東京っていう世界からーー』

 

「それはあんたよりわたしのほうがよーーーく実感してるよ、抜け出したいっていう、彼の気持ちは」

 

『八重子が意地っ張りだからあえて言ってみた』

 

「あんただってそうでしょ」

『そうかもしれないけど、わたしと八重子を比較すると…ねw』

 

 

 

× × ×

 

きょう

予備校

昼休み

 

工藤くんが、

机の上で指を組んで、

眼を閉じている。

 

まるで、念じ入(い)るかのように。

あるいは、考え事を、突き詰めているのかもしれない。

 

物思いの工藤くん。

わたしはそんな工藤くんの背後に立って、

 

くどーくーん

 

Σ(@_@;)

 

「びっくりさせないでくれよお」

「物思いにふけってても、試験の点は上がらないよ~」

「きょうの八木さんはやけにイジワルなんだな。

 

 でも、さっきのは、すぐに八木さんだってわかった。

 

 だって、僕のこと『工藤くん』って呼ぶの、八木さんぐらいしかいないから」

 

ドックンッ

 

「八木さん…、

 なんできみは、『クドタク』じゃなくって、わざわざ丁寧に『工藤くん』って……」

 

ドックドクンンッ 

 

「(;-_-)それは、外に出て話しましょうか」

 

 

 

 

× × ×

 

「ーー高校の放送部のコンテストで会ったときから『工藤くん』だったでしょ。

 だから今も『工藤くん』、なだけ」

「それは説明にも理由にもなってないよ」

 

(言い返せない)

 

「『クドタク』って呼び直せばいいだけの話じゃんか」

「『くん』、を、『くん』を付けないと、ぞんざいな呼びかたになっちゃうし」

「じゃあ『クドタクくん』じゃだめだったの?」

「…『工藤くん』のほうが、響きがいいでしょ」

「響き??」

「音の響きよ。

 工藤くんは…放送部だったんだから、そういうところには敏感だと、わたしは思ってたのに」

「や、『クドタク』は『クドタク』で、慣れるといい響きだよ」

ばかっ

 

「…八木さん…」

 

工藤くんばかっ、放送部のころの工藤くんはいったいどこに行っちゃったの!?

 

 コンテストに出てたころの工藤くんは輝いてたよ、男子ひとりでコンテスト参戦して肩身も狭かったはず、それでもアナウンス原稿読む工藤くんは輝いてた、そう、工藤くん輝いてた、工藤くん、あなたがいちばん輝いてたんだよ。

 

 …その輝きを、どこに置いてきちゃったの…?

 

 変わらないのは……だけ。

 そう工藤くん、あなたの、低音で、素敵な、その

 

 

 

時間が止まったみたいになった。

 

立ち尽くす、工藤くんと、わたし。

 

クルマが行き交う音だけが、BGMで。 

 

 

「あこがれてた。

 わたしは確かに、高校時代の放送部のあなたにあこがれてたんだ。

 

 それでーー好きだったんだ、声、

 ちがう、声だけじゃない、

 

 声から…声から好きになって…それで…」

 

「八木さん、ひ、昼休み、終わる、」

工藤くん意気地なし、もっと意地張ってよ。

 

 来週センター試験なんだよ!?

 

 意気地なしでどうするの、

 もっと食い下がってよ、

 食い下がってよわたしに。

 

 せっかく、せっかく、わたしがわたしがこんなに、こんなふうにーー」

 

 

「落ち着いてくれよ」

 

(ハンカチを差し出す工藤くん)

 

「…なんのマネ」

 

「なんのマネ、じゃないだろっ!?」

 

 

わたしの五臓六腑(ごぞうろっぷ)に響き渡り染み渡る、

彼の、バリトンの、怒鳴り声。

 

 

「僕は!

 顔じゅうそんなふうに涙まみれになってる女子は、

 キライなんだ」

 

 

 

 

(やるせない表情でその場を去ろうとする工藤くん)

 

 

「工藤くん」

 

 

「……」

 

 

「洗って、返すね」

 

 

 

「…………よろしく