【愛の◯◯】「放送系クラブの『交流会』、絶対に『勝つ』!!」

 

「――はい、ランチタイムメガミックス(仮)、はっじめっましょ~っ。

 

 ハロー、アイ・アム・ナギサ。板東なぎさ。

 なんだけどぉ、

 

 ダルい。

 月曜だからということもあるけど、

 とにかく、ダルい。

 ダルダル。

 ダルいっちゃ~。

 

 …なんだか、『ダルいっちゃ~。』が、『うる星やつら』のラムちゃんみたいな言いかたになっちゃったけど、

 ラムちゃんって。

 ラムちゃんって。

 元ネタが、80年代、昭和……。

 

 ……え~、

 さっきの『ダルいっちゃ~。』は、声も、アニメのラムちゃんに、実は微妙に似せていたつもりなんだけどね、

 ――似てなかったかな?

 ま――似てなくても、いいとも!!

 

 ラムちゃんの声優さんって…平野綾…じゃなかった、平野文さん、でしたっけ。

 

 なんだか、テンションイマイチ上昇してないけど、

 とりあえずおたよりを読むね……。

 

 ……ラジオネーム、『すき焼き定食肉2倍』さん。

 また、こんな時期に、暑苦しいラジオネームだこと……。

 まあ、いいです。

 読みます。

 ラジオネームdisったら、泣いちゃうよね。……」

 

× × ×

 

いま、【第2放送室】には、板東さんとぼくのふたりしかいない。

 

板東さんがパタパタと下敷きで上半身を扇(あお)いでいる。

お昼の放送でも、ダルさをしきりに強調していたが、ほんとうにダルそうだ。

 

湿気~~

 

湿気の多い気候を呪うような声を出す板東さん。

 

「羽田くん」

「はい?」

「こんど、扇風機運んできてよ」

「…どこから?」

「…どこかに、あったはず」

「…まず、扇風機のありかを確認してから、ぼくをパシらせてください」

「羽田くんパシリにするつもりなんかないよっ」

「また、説得力皆無な…」

 

パシーン、と、叩くように下敷きを机に置いて、

「――扇風機どころじゃなかった。羽田くんに重要伝達事項があるんだった」

「え」

「今週の木曜日、授業が早めに終わるでしょ?」

「はい」

「授業終わったあとで、泉学園の放送部との『交流会』があるんだよ。ことしは、ウチの放送部だけじゃなくって、KHKにも参加してほしいって。泉学園放送部側(がわ)からの、お達し」

「KHKも、放送系クラブだから、ということですか?」

「そ」

「場所は」

「泉学園」

「なるほど……。で、板東さん、その日は『交流会』参加のため、放課後【第2放送室】には来ない、と」

 

突然に板東さんがダークな笑みを浮かべて、

 

「『交流会』で泉学園に行くのは、わたしだけじゃないよ」

「え? 黒柳さんもですか」

「ちがうよ! 羽田くんだよっ!!」

 

えええ。

 

「どうして、ぼくが、行かなきゃいけないんですか!?」

「『男子がほしいよね』って。これも、泉学園のほうからの、ご要望」

「だったら、黒柳さんが」

「黒柳くんはダメでしょう」

「どうして…」

「わかんないの!? 女子に囲まれて、なにをしでかすか、わかったもんじゃないよ」

 

黒柳さんに対する認識のひどさ…相変わらず。

サディステックな。

 

「く、黒柳さんを、もう少し信頼したって」

「信頼してないわけじゃない!!」

「ええ…」

「だけど! 『交流会』みたいな場に出ると、足手まといなだけだから。

 だから、羽田くんこそ、適任ッ!!」

 

…強権発動、って感じだ。

 

「――羽田くんは、年上の女子と渡り合うの、得意じゃん」

 

い、いきなりなっ。

 

「こっ根拠、根拠ありませんよね!?」

「羽田くんお姉さんいるし」

「姉は根拠にならないですっ」

「だったら、麻井先輩。麻井先輩あんなにコワかったのに、物おじしなかったじゃん。物おじしないどころか、麻井先輩と映画館にまで――」

なななななななっ

「――そんなリアクション、無駄だよ。とっくにバレてるし」

「板東さん――」

「どぉした。」

「――少し、落ち着かせてください」

「うん♫」

 

× × ×

 

…ようやく、気を取り直したぼくは、

「ウチの放送部からは、だれが『交流会』に? やっぱり部長さんが?」

「部長だね」

「北崎さん…」

「そ、そ。北崎沙羅(きたざき さら)ちゃん」

 

北崎さん、か。

 

板東さんは、北崎さんと同期で、桐原高校放送部に入部したのだが、

麻井先輩に引き抜かれるかたちで、板東さんは放送部を退部、

KHKの創設メンバーとなり、現在に至る。

板東さんが麻井先輩を引き継ぎ、KHKの2代目会長になるいっぽう、

北崎さんは、麻井先輩のライバルであり旧友でもあった甲斐田さんを引き継いで、放送部の部長にのぼりつめた。

 

「……サラちゃんには負けたくないよね」

 

なにを言い出すんですか、板東さん。

北崎さんと、張り合い、ですか!?

 

「向こうは、泉学園は、部長と副部長のふたり出席なんだけどさ、」

「……」

「負けたくないよね。勝ちたいよね」

「……それは、泉学園の放送部と、ウチの放送部と、どっちにも勝ちたい、ってことですか」

「KHKしか勝たないっ!!」

「……なにをもっていったい、『勝ち』になるんですか!?」

 

なにも言わず、

ほくそ笑むばかりの、KHK会長…。

 

「ま、まるでっ、世の中には『勝ち』と『負け』しか存在しないみたいに、」

そーなんじゃないのっ?

「え、ええ、ええええっ」

「羽田くーん」

「な、なんですか」

「今回、羽田くん、『え』とか『ええ』とか『ええええっ』とか、『え』を言い過ぎだと思うんだけど」

「ど、どうでもいいですよね!? それは」

「よくないよ。相づちがワンパンマンだと、負けちゃうよ?」

「……ワンパンマン???」

「しらないか~」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】事態発生で『ギャップ萌え』

 

借りていた『ホリミヤ』の単行本を、秋葉さんに返した。

「読み終わったんだね」

「はい」

「いっぱい、キャラクター出てくるんだけどさ」

「はい」

「羽田さんは、だれが好きだった?」

「……吉川由紀ちゃんです」

「だろうと思った」

「!?」

 

他人(ひと)のこころが読めたりするんだろうか……。

「羽田さんは堀さん似だよね」

そう言いながら、『ホリミヤ』の単行本を受け取る、秋葉さん。

 

 

サークル部屋にいるのである。

新田くんが、例によって、スケッチブックになにか描(か)いている。

そして例によって、新田くんの近くの席の秋葉さんが、スケッチブックをのぞきこみ、

「――きみもミーハーだなぁ」

「ですね…」

と苦笑いの新田くん。

ウマ娘

ウマ娘です」

トウカイテイオーと、メジロマックイーンだ」

「まあ、アニメ2期の主役ということで」

「――気合い入れて描いたのは、トウカイテイオーのほうだろう」

「そ、そう思われますか!? 秋葉さんは」

「隠したって無駄だよ」

「……」

「テイオー推し、なんだねえ」

「……テイオーだけじゃないです、推しは」

「おっ?」

 

ウマ娘、かあ。

葉山先輩も、ウマ娘のゲーム、やってるのかなあ。

なんだか、やってそう。

葉山先輩の性格だと、課金はしなさそうだけど――。

あ、

葉山先輩といえば、

オークスは、きょうの3時40分から、だったかしら?

センパイの馬券勝負の行方――少し気になる。

アールドヴィーヴルという馬が、彼女の本命。

今朝、お邸(やしき)で定期購読してるスポーツ新聞で調べてみたら、

アールドヴィーヴルは割りと人気薄だった。

穴馬券だ。

――3時のフジテレビに間に合うように、帰ろうかなあ…。

 

というようなことを考えてしまっていて、

となりの大井町さんの様子にまで、気が回らなかったのだが、

さっきまで、静かに読書していた大井町さんは、

新田くんと秋葉さんのウマ娘談義が盛り上がりに盛り上がっているのを見かねたのか、

そっと読書の手を止め、

仏頂面で……ふたりの盛り上がりっぷりを、眺め始めた。

新田くんと秋葉さんは、気づいていない。

 

とくに……新田くんのほうに、厳しい眼差しを向けているような。

ダメよ大井町さん。

新田くんに軽蔑は、ダメ。

敵意持つのは、なおさらダメっ。

 

わたしは大井町さんに、ゆっくり優しく微笑みかけた。

落ち着こうね~、って。

意図を察知してくれたのか、ふっ、と小さなため息をついて、

ふたたび、文庫本に向き合い始めてくれる。

あんがい、物分かり、いいのかも。

大井町さん…そういうところ、素敵よ。

 

 

ウマ娘に熱を上げるのもいいんだけどさ」

ノートPCに向き直りつつ、秋葉さんは新田くんに、

「自分のオリジナル漫画の構想も――ふくらませてみたら?」

新田くんは恐縮そうに、

「そうするべきなんですけどねぇ」

「群像劇がどうとか、青春ラブコメがどうとか言ってたじゃないか」

彼女は軽快にノートPCをタイプしつつ、

「早くきみのネームが、見たいな」

「…過度な期待は」

「しやがらないでください、と?」

「…はい」

「しょうがないねえ」

彼女はタイピングの手を止めることなく、

「グズグズしてると、ほかの漫画家志望に置いてかれちゃうぞ~」

「…ですよね」

 

ガックリとなる新田くん。

彼女も、割りに辛口だ。

 

うつむき加減の新田くんを、微笑ましそうに流し目で見てから、

リズミカルにタイピングを続けていく、秋葉さん。

すごい速さ。

さすがに、高校時代から、WEBライターやっているだけある。

1時間に、何千字書けるのかな。

 

それこそ、ウマ娘関連の記事を執筆してるのかもしれない……そう思いながら、わたしはひそかに秋葉さんの仕事ぶりを観察していた。

わたしの観察の視線に気づくことなく、彼女はPC画面に集中している。

 

スマホのバイブレーションが聞こえた。

震えているのは…ノートPCのかたわらに置かれた、秋葉さんのスマホ

 

秋葉さんのタイピングの手がピタリと止まった。

 

なにゆえか、慎重な手つきになって、

ゆっくり、そーっと、スマホを自分のほうに引き寄せる。

 

彼女がスマホの画面を、見た瞬間。

 

――わたしは見逃さなかった。

 

秋葉さんが――出会ってから一度たりとも見せなかったような表情になったことを。

 

それは、どんな表情かというと――、

彼女に似つかわしくない幼さ、というか、なんというか、

たとえてみるならば、

恋をしてる17歳の女の子が、想いを秘めた男の子に対して、焦(こ)がれているときのような――表情。

焦がれる想いを、持て余しているような。

思春期特有の、揺れ動く感情を抑えきれずにいる状態、みたいな――。

 

ひとことで言うなら、

少女になっていた。

 

……秋葉さん、

とっくに思春期なんか、卒業してたと思ったのに……。

 

ふだんの余裕さが、

表情や挙動から、感じられない。

 

バァッ!! と、椅子を吹き飛ばすようにして、立ち上がる。

いったん、棒立ち状態になり、

やがて、『なにを見たのか』さとられたくないと、

慌ててスマホをズボンのポケットにしまいこむ。

10秒間ぐらい、眼を泳がせて、

それから、いてもたってもいられないかのように、

慌てふためきながら、なにも持たずに、小走りになって、

サークル部屋から『脱走』する……。

 

小走りに部屋の出口に向かう秋葉さんの、ほっぺたに、

赤みが…滲(にじ)んでいるような、そんな気がした。

 

 

呆然としてる。

新田くんも。

大井町さんも。

 

わたしだって、『事件が起こった』って、思っちゃうよ。

 

 

――タイミングよく、

さっきまで、新田くんの後方のソファで安眠状態だった日暮さんが、眼を覚ました。

ぬい~ん、と身を起こす日暮さん。

 

「あ、風子、消えてる~」

秋葉さんのいなくなった席に向かって、

若干、ニヤつきまじりの顔で、

「…PCもなんもかんも、ほっぽりだしてんじゃん」

と日暮さんは言う。

 

「あの……日暮さん。秋葉さんは、いったいどうしてしまったんでしょうか?」

わたしは問うた。

…すると、

「アレだよ、アレ」

「『アレ』って、いったい…?」

「だから、『アレ』に決まってんでしょ」

不敵な笑い満面で……彼女はわたしのほうを見て、

「羽田さん、そんなにカンが鈍かった?」

 

初々しく恋する女子高生のように見えた、秋葉さん――、

恋する、女子高生のように――、

 

あ、

あっ、

 

ああっ

 

大きな声が飛び出てしまった……!

 

「日暮さん……もしや、まさか」

 

「もしや、まさかだよ。羽田さん」

 

 

 

――そうだよね。

男っぽいことばづかいで、裏に秘めた感情があるという素振りもなく、サークルのみんなと渡り合っているけれど、

秋葉さんだって――女の子なんだよね。

裏に秘めた感情、

しまっておいた『想い』が、

ないほうが……不自然というもの。

 

女の子が、みんながみんな、そういう二面性を持ってるとは、限らないけれど。

典型的な……『乙女ごころ』を内に秘めたタイプだったんだ、

秋葉さんは。

 

わたしも女の子だけど――、

秋葉さんに、

『ギャップ萌え』、

しちゃいそう。

 

 

 

 

【愛の◯◯】自戒を込めて、湘南の彼のお部屋で、彼と……

 

羽田さんと、モーニングテレフォン。

 

『――センパイ、日曜はなんのレースがあるんですか?』

「お。あなたのほうから訊いてくるなんて」

『だって、センパイのおかげで、『日曜は競馬』っていう認識が完全に定着しちゃいましたし』

「あはは……罪だな、わたし」

『それで、日曜のメインレースは?』

「『オークス』っていうんだけどね」

『『オークス』』

「そう。…3歳牝馬の頂点を決めるの。言ってみれば、『牝馬のダービー』ね」

牝馬のダービー! 熱そう!』

「条件がダービーとまったく同じで、東京2400メートル。桜花賞から距離が800メートルも伸びて――」

『――桜花賞勝ったソダシも出るんですか?』

「もちろん」

白毛の怪物牝馬・ソダシちゃんの認識まで、羽田さんに完全に定着しちゃってる。

わたしがソダシちゃんの画像をいっぱい送信したのがいけなかったのかしら。

オークスも勝ちますか? ソダシ。まだ1回も負けてないんですよね?』

「うーん、無敗で2冠達成したらすごいんだけど……」

『危ないんですか? センパイなんだか言葉濁してるし』

「……そろそろ、負けるんじゃないかって」

『じゃあセンパイはソダシ以外の馬が本命なんですね』

「まあ、つまりは、そう」

『センパイの本命は、いったい』

「……アールドヴィーヴルちゃんって娘(こ)」

『ほ~っ』

 

羽田さんに…アールドヴィーヴル本命の根拠を言っても、しょうがない。

『ソダシよりキャリアが浅くて、上積みがありそう』

なーんて、彼女に言ったって、キョトーン、だよね。

…いや、いまの彼女なら、わたしの予想の根拠すらも、呑み込めてしまうのかもしれない。

危うい。

羽田さんが、どんどん、お馬さんの道に……。

『競馬は20歳になってから』って、酸っぱいぐらいJRAは言ってるし、

最近では、『のめり込みに注意!』みたいなことも、テレビCMのテロップにまで出している。

 

「ば、馬券買っちゃだめよ、あなたは」

『買いませんよぉ』

「す、スポーツとして、楽しもうね?」

『そうは言っても、葉山先輩にとっては『ギャンブル』でもあるんじゃないですかー』

「……」

『どんな買いかたするんですか?』

「……アールドヴィーヴルから、馬連総流し」

『それって、アールドヴィーヴルが2着以内に入ったら、即的中! ってことですよね』

「よ、よ、よく知ってるわね」

『たのしみ~~』

 

羽田さんには……、

人の道を、外れてほしくはない……。

 

 

× × ×

 

急速に羽田さんが競馬に詳しくなっていることに責任を感じつつも、

なんとかわたしは身支度をして、

家を出て、駅に向かう。

 

 

牝馬のダービー』、なんだけど、

ことしは、サトノレイナスが、

牝馬のダービーじゃなくって、『日本ダービー』のほうに出るのよね。

紅一点。

どんな結果になるのやら。

ウオッカよりも、人気しちゃいそうだってところが、どうも――、

 

とかなんとか考えていたら、

あっという間に、湘南の某駅に電車が到着。

 

わたしも相当だな……。

羽田さんのこと心配してる場合じゃなかった。

 

……よし。

 

× × ×

 

「きょうは、土曜だから、2時半からBSテレ東だったよね」

完全にわたしの『パターン』を把握しているキョウくん…であったが、

「3時からにするわ。地上波」

「え、でも、いつもは――」

「喜んでキョウくん」

「――??」

「わたしといつもより30分長く部屋にいられるのよ」

 

…戸惑い顔だ。

 

「気を引き締めていかないと、と思って。それで、お馬さん観る時間も、短縮」

 

イマイチよくわかんないな…という、苦笑い。

 

わたしは続ける、

「それから、3時まで、お馬さんに関する話題はいっさいしない、って決めたから。

 もしわたしが、『ウマ』とか口走ったら、怒ってね」

 

「どうして、そんな決意を……」

「自戒を込めて」

「えっ?」

「お馬さんよりも、もっとキョウくんが楽しくなる話を」

「おれは、むつみちゃんの競馬トーク聴くの楽しいけど」

きょうは、競馬トーク、なし!!

「わぁっ」

「……ごめん大声で。

 でもきょうは、キョウくんに合わせたいのよ。

 思う存分に、あなたの趣味の話を……ほらっ、鉄道車両だとか」

「むつみちゃん……」

「――鉄道雑誌が増えてる」

「わかるんだ」

「わかるわよ。これだけキョウくんのお部屋に来てたら」

本棚の、微妙な変化ぐらい――お手のもの。

 

彼のお部屋で、彼と向かい合っていたところだったのだが、

「いっしょに見ましょうよ――雑誌の写真」

そう言って、わたしのほうから立ち上がり、

本棚に歩み寄って、某有名鉄道雑誌の最新号を抜き取って、

――キョウくんの側(がわ)に来て、

腰を下ろし、手前に雑誌を置き、グラビアページを開き、

彼の左肩に、わたしの右肩をぴたっ、とひっつけて、

「はい。準備完了」

焦り気味に彼は、

「準備完了…って、なに」

落ち着き払ってわたしは、

「写真見て楽しむ準備に決まってるでしょう」

「……なぜ、わざわざ、おれ側(がわ)に」

「向かい合ってたら、せっかくの新車両の写真が、逆さまにしか見られないじゃない」

「そんなに……見たかったんだ」

「積極的すぎたかしら?」

 

ドギドギマギマギして、ことばが喉(のど)から出なくなってくるキョウくん。

 

ねえ~っ、なんとかいってよ~っ

構わず、さらに積極的に、わたしは彼を揺さぶっていく。

罪深く、彼のからだにもたれかかって、

「…新車両どころじゃ、なくなっちゃったりしてる?」

 

じっと固まるキョウくん。

 

「…別の意味の『準備』みたいに、なっちゃったかしら」

 

そうやってわたしが揺さぶり攻撃をかけると、

やっと、あえぐようにことばをひねり出して、

 

「積極的すぎるよ……むつみちゃん……」

「ウソ、ウソ。前言撤回」

「……に、したって」

「わたしのからだ……暑苦しかったり、する?」

「ぜ、ぜんぜんっ」

「ありがと」

「……」

「じゃあ、このままの体勢でいいよね、しばらく」

「……」

「ドキドキさせちゃってるかー」

「……」

「大事件が起こった、って顔。あなたの、いまの顔」

「……」

「キョウくん」

「……」

「日焼けした?」

「……」

「したでしょ」

「……」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】21世紀世代の90年代J-POP雑感

 

サザンオールスターズの『太陽は罪な奴』を流している。

ほかにもいい曲はあるけど、90年代のサザンの曲だと、これがいちばん好きだな。

96年とかだっけか?

もちろん……産まれてはいない。

 

太陽は罪な奴』に引き続き、90年代のJ-POPの名曲が流れていく。

そういうプレイリストを作ったのだ。

 

おれのプレイリストに聴き入っていたギンさんが、

「90年代特集かい」

「はい」

「いろいろ意見はあるかもしれないが――『J-POP』っていったら、やっぱり90年代だな」

「やっぱりギンさんもそう思いますか」

苦笑いしつつ、

「産まれたのが、98年とかだから――リアルタイムで、こういった楽曲を、ぜんぜん享受(きょうじゅ)はしてないんだけどね」

享受、か――。

「ルミナがさ、」

ギンさんは続ける。

「90年代J-POPにずっとハマってるんだ」

「あー、ルミナさん、そうでしたね」

思い出す。

おれが出会ったころから、ルミナさんはそういう音楽的嗜好だった。

にしてもルミナさん、

もうとっくに彼女の認識が『社会人』という認識になってしまってて、

大学生時代の彼女に……もはや懐かしさのようなものまで感じてしまう。

ピアノが弾けるようになったルミナさん。

児童文化センター勤めのルミナさん。

 

「…あいつ、妙なところがあって」

「妙なところ?」

「…初期のドリカムしか、知らないんだ」

「初期のドリカムっていうと…」

「もうほんとにごくごく初期。

『決戦は金曜日』とか『晴れたらいいね』とか、あのあたり」

「それって――30年近く、前ですよね」

「ほぼほぼ30年だな」

「すごいですね…」

「…まぁ、産まれる前の音楽だからって、いいものはいい。それも、真理なわけだが」

「たしかに」

「ちなみに、ルミナは、さらに妙なドリカムの聴き方をしていてな」

「?」

「『決戦は金曜日』は、木曜日か金曜日にしか聴かないらしい」

「えっ、なんですか、それは」

思わず笑いがこみ上げてしまう。

「戸部くんも笑っちゃうだろ? ものすごい『自分ルール』だよなぁ」

吹き出したら――失礼だが、お互い、笑い出すのを避けられない。

 

「アツマさん。90年代っていったら、ぼく、はるか昔のように思ってしまうんですけど――」

ハイトーンボイスで、ムラサキが話に加わってきた。

「産まれる前なので、どうしても」

「――ムラサキは2002年産まれか?」

「ハイ」

「じゃ、おれとそんな変わらんな」

「え? 変わらない??」

「おれ、早生まれで、2001年1月なんだ」

「アツマさんも、21世紀産まれ……」

「ああ。21世紀の申し子って感じさ」

「……意外でした」

「意外か? でも、そうなんだ」

「アツマさん、貫禄あるので……」

「おお」

「90年代のJ-POPも……まるで、見てきたんじゃないかと」

さすがにそりゃ言い過ぎだ、ムラサキ。

「アラサーじゃねーんだぞっ」

おどけて言うおれ。

「そ、そうでした。貫禄あるといっても……まだ、お若い」

「そんなにオドオドすんなよっ。おれはぜんぜん怒ってないんだから」

つぶらな瞳のムラサキ……。

ムラサキ特有の、幼さだ。

 

「2001年1月かあ」

ギンさんがポツリ言う。

THE YELLOW MONKEYの活動休止が――、ちょうどそのころだった気がするな」

お詳しい。

 

× × ×

 

邸(いえ)に帰ってからも、90年代J-POP詰め合わせのプレイリストを再生している。

帰りが早かったし、愛やあすかが部屋に押しかけてくる心配もない。

つかの間の平和だ。

つかの間の平和を、『享受』するのだ。

 

……。

ふと、思う。

the brilliant greenがブレイクしたのが……たしか、98年だったはずだが、

the brilliant greenがブレイクしたあたりから、

なんだか――邦楽の『音』が、変わってきてるような、そんな印象を受ける。

確証はなんもない。

雑感というだけ。

ただの印象論。

 

でも――たとえば、the brilliant greenの『There will be love there -愛のある場所-』と、90年代中期の小室ファミリーミスチルの楽曲なんかを聴き比べると、サウンドが――やっぱり違ってくる気が、するんだよなあ。

これは、the brilliant greenだけじゃなくて、同じ年に大ブレイクしたL'Arc~en~Cielの当時の楽曲を聴いてみても、似た感想を抱く。

 

――素人意見。

宇多田ヒカル登場の少し前から、邦楽のサウンドが明確に変わってきていた……』

論文で、証明できるわけでもなし。

そもそも、『サウンド』ってなんだよ、『サウンド』って、定義しきれないじゃねぇか……というお話。

 

それこそ、

音楽マイスターの愛や、ガールズバンドのギターやってるあすかに、ご意見をうかがってみたら、

おれの見識も――少しは、深まっていくか。

いくよな。

 

ところで、

the brilliant greenのボーカル――川瀬智子のボーカルは、

何度聴いても、新しさを感じる。

『There will be love there -愛のある場所-』は、もちろんおれの産まれる前の楽曲だけど、

だれがなんと言おうと、新鮮に聴こえる。

産まれる前の曲だけど、ボーカルが新しいんだ。

わかってくれねぇかなあ? だれか、この感覚を。

 

温故知新、って言うんだろうか――。

the brilliant greenで、温故知新か。

 

 

 

 

【愛の◯◯】『焦がれて悪いか。』とも、彼は……言ってくれない。

 

いわゆる、ロングホームルーム。

週末に迫った体育祭のスケジュールを、委員長の徳山さんが、白板(はくばん)に書きつけていく。

 

「ちょっと!! もっとまじめに話聴いてよ!!」

後ろのほうでペチャクチャしゃべっている男子に向かって、声を張り上げる徳山さん。

「いくら、ウチの体育祭が、伝統的に『ゆるい』体育祭だからって」

そう。

徳山さんが言うとおり、我が校の体育祭は、文化祭と比べて、ノリが軽いというか、雰囲気がゆるゆるしているというか、なんというか――みんな、本気の度合いが、薄い。

そもそも、開催時期がイレギュラーな気がするし。

細かい事情はおいておくとして、あまり盛り上がらない体育祭だし、参加している生徒は半(なか)ばお遊び気分だ。

「――だからといって、当日のスケジュールもあたまに入れておかないのは、論外も論外でしょっ」

たしかに。

段取りぐらいは把握しておいてほしい、という気持ちはわかる。

「几帳面だなー、委員長はー」「スケジュールなんて適当でいいんだよ、どうせ体育祭なんだし」

私語をとがめられた男子は、そう言って反発。

「……『どうせ』!? 『どうせ』って言ったわね」

すごい勢いで怒り始める彼女。

煮えたぎってる。

「そういう態度は、クラス委員長として、許さないんだから」

手に持ったマーカーで、教卓をカンカンカンと叩きまくり、

「スケジュール知らないで、大怪我したって知らないわよ!?」

と怒鳴りつける。

キレ続けられるとめんどくさいことになる…と思ったのか、怒鳴られた男子たちはおとなしく引き下がる。

引き下がりぎわに、男子のうちのひとりが、

「…そんなキツい怒りかたするから、生徒会長になれなかったんだよ」

しかし、そのボヤきが、徳山さんの耳に届いていて、

「なんですって!?」

やべぇ、しくじった……という顔になるその男子に、

「もういちど言いなさいよ!!」

と止まらぬ勢いで怒鳴りたてる彼女。

まあまあ……。

ほどほどに。

 

× × ×

 

「加賀くん、取材行こーよ」

「どこに?」

「サッカー部」

以前より態度が軟化(なんか)した加賀くんは、

「わかった…」

と将棋盤の前から腰を上げ、わたしの取材についていく意思を示す。

「サッカー部じゃなくてもいいんだよ」

からかい混じりに、

「テニス部のほうが、よかったりした?」

揺さぶられて、

「べ、べ、べつにどっちでも」

「じゃあサッカー部ね」

わたしのアドリブに……まだ、慣れてないんだね。

 

× × ×

 

「もう少し、変化に対応できる柔軟さを――」

「なにが言いたいんだよ」

「いきなり『テニス部はどう?』ってわたしに言われて、対応できなかったじゃん」

「あんたが唐突だったからだよ、それは」

「…けしからん態度だね加賀くん」

「……」

「上級生にそんな生意気じゃいけないよ。もっとお利口(りこう)かと思ってたのに」

「……」

「納得しない顔だね」

「……」

「せっかく、前より素直になったと思ったら」

「…ふんっ」

 

それっきり黙りこくる加賀くん。

ま、ほっておこう。

 

サッカー部の練習場所への道中だった。

『もうすぐ美人マネージャーの大垣さんに会えるよ~』

と、からかってみたりするのもアリだな……と思いつつ、

黙って歩く加賀くんを横目でチラチラ見ていた。

 

そしたら、

向こうからこっちに歩いてくる、見覚えのある女子生徒。

 

おー、

徳山さんじゃありませんか。

さっきのロングホームルームでキレ味抜群だった、わたしたちの委員長。

 

春先に連絡先を交換するなどして、急速に徳山さんとの距離を縮めていたわたしは、

「徳山さ~~ん」

手を振りながら、呼びかける。

彼女は足を止め、

「部活なのね、あすかさん」

「取材。」

「サッカー部でしょう」

「正解。」

「また……大垣さん?」

徳山さんが大垣さんにジェラシーを抱いていることを認知しているわたしは、

「ア、アハハ」

と曖昧に反応。

「出来上がった新聞が……楽しみ」

意味深な笑みを浮かべ、

「読ませてもらうからね」

「エ、エヘヘ」

 

ふと、わたしのとなりがわに、眼を向けて、

「アシスタントさんがいるのね、きょうは」

「うん、そうだよ。2年の加賀くん」

「2年なら、副部長?」

「よくわかったね」

「だってあすかさん言ってたじゃない、2年生もひとりだけだって」

「言ってたっけ」

「言ってたから。簡単には、忘れない」

それから、顔を少し傾け、じっくりと加賀くんに視線を据(す)えて、

「――将棋の記事を書いてる子でしょ」

穏やかな視線を保ちつつ、

「そうよね?

 …加賀くん、こんにちは。

 よく読んでる、あなたの将棋記事。

 将棋欄の存在は地味だけど……最近の校内スポーツ新聞には、欠かせなくなってる、わたしはそう思ってるよ。

 これからも、がんばってね」

 

お返事できない加賀くん。

 

こんにちは、ってあいさつされたんだから、あいさつぐらい返したらどうなの……? と思いつつ、加賀くんの様子を見ていた。

 

自分の担当の将棋欄をほめられて、うれしくないわけないはず。

もしや、ほめられた反動で、お返事できないような精神状態になっちゃっているのか。

 

……どこまで、年上の女子に対して、ドギマギするのやら。

 

 

 

「じゃあね」と徳山さんは去っていった。

 

ふたたび、歩き出しながら、わたしは加賀くんへの不満を言い募(つの)っていく。

「もう、ほんとに。

 ひとこともしゃべらないんだから。

 徳山さんだって困っちゃうよ。

 せっかく加賀くんを、ほめてくれてたんだよ?

 将棋欄が、ああいうふうにほめられるなんて、なかなかないことでしょ。

 もっと、うれしがったりさあ…。

 あんなに無反応だと、おかしな空気になっちゃうじゃん。

 ――1学期が終わるまでに、キミには単独で取材で行けるようになってほしい、って考えてたんだけどな。

 先輩であれ、女子であれ、だれであれ、もうちょい、ちゃんとした応対の仕方を、わたしはキミに――」

 

――って。

 

ひたすら歩きながらグチグチ言っていたら…、

 

加賀くんが、

ついてきて、いない。

 

いつのまにか、わたしの横から、消えていた。

 

振り返ると、

徳山さんに話しかけられたところに、立ったまま。

 

つまり、

加賀くん、

徳山さんに話しかけられたあと、

いや、徳山さんに話しかけられている段階から、

ずっと、棒立ち状態。

 

 

「…お~~い??」

 

たまらずわたしは声をかけ、気づかせようとするが、

わたしに向かい、歩き出すどころか、

反対方向、

つまり、

徳山さんが去っていった方角を、

棒立ちのまま、見やるだけ。

 

これは大丈夫ではないのかも、と思いつつ、彼のほうに近づく。

 

――本気で名残惜しそうに、徳山さんが去った方角を、見続けている。

 

それは、

たとえるなら、

焦(こ)がれているひとと、うまく話すことができなかったのが悔しくて、

こんどいつ彼女と会えるだろうか、と、

焦がれる彼女への想いを募らせて、

ただじっと、遠く見えなくなった彼女を――追い求め続け、

気持ちを、静かに燃やし続けている……。

 

つまりは、徳山さんへの、思慕(しぼ)、だってこと。

 

 

……どうして!?!?

聞いてないよ、そんなの。

加賀くん。

加賀くんっ。

いったい、いったい、

なにが、きっかけで!?

 

どうして、徳山さんに……!?!?

 

サッカー部のこと、完全忘却。

いま、世界でいちばん取材したいのは……、

加賀くんの、こころのなか。

 

 

 

 

【愛の◯◯】締め付けられて、息詰まって、自分を呪って……でもあしたには元通りで、関係性は、うわべのまま。

 

高校1年のとき、一度だけ、男の子とデートしたことがある。

動物園に行って、公園をブラブラして、ソフトクリームを食べて、それで終わりだった。

交際には発展せず。

デートしたことも風化(ふうか)しているから、校舎の廊下ですれ違っても、とくに何事もない。

 

『擬似デート』とかなんとか言って、黒柳くんをそそのかしたけど、

ほんとのデートの経験は――そのときの1回だけ。

 

× × ×

 

模擬試験の結果が返ってきた。

成績向上せず……。

ちょっとばかりでなく、つらい。

 

アナウンサー志望、という、

ひそかな夢、ささやかな夢。

 

けれどもそれは、たしかな願望。

 

努力して、なれるなら、努力して、目指したい。

夢は、叶えるものだと、わたしは思う。

 

…不安材料はいろいろとある。

 

わたし、偏差値、あまりよろしくない。

早慶なんて、高嶺の花。

キー局のアナウンサーなんて、学歴を見れば早慶だらけだというのに。

早慶だけが大学じゃない、いろんなルートからアナウンサーになってるだろ』

そんな意見もあるけれど、

やっぱり、アナウンサーは……高学歴が多いと思う。

 

出身大学の偏差値のみならず、ルックスの偏差値も高いのが、アナウンサーというもの。

わたしはそこでも引け目を感じる。

たとえば、卒業した放送部の甲斐田センパイみたいに、華々しい見た目でありたかった。

でも甲斐田センパイのような輝かしい容姿は、望むべくもなく。

高校1年のとき、1回きりのデートをした男の子は、

わたしのことを、『かわいい』とは言ってくれなかった。

――そういうことを、思い返すと、

『本気でつきあう気なんて、彼にはなかったんだろうな』みたいに考えてしまう。

15、6歳の恋愛なんて、そんなものにすぎないのか。

 

 

× × ×

 

黒柳くんとふたりだけで、演劇部の有志が作ったグループ『チトセグミ』に密着取材していること。

このことは、羽田くんには秘密にすることにした。

どこまで秘密にし続けられるだろうか。

ともかく、素材を編集して、出来上がったところで初めて、羽田くんに白状して――それから、上映会を開くという流れ。

 

「上映会か……」

ふと、つぶやいたのは、放課後の【第2放送室】。

羽田くんがわたしのつぶやきを見て、

「上映会が、どうしました?」

「……あと何回、KHKで上映会が開けるのかなー、って」

「卒業までに、何回……ってことですか」

「ってこと。」

まだ、3年生になってから、2ヶ月たってないんだけども。

「わたし――いつまで現役でいられるかな。

 引退のタイミング、いつにしようかな」

「――まだ、引退を意識する時期でもないのでは?」

「それは、そう」

 

…けれども、進路の問題とか、厄介ごとが少なからずあって。

進路については…この前、羽田くんにも指摘されちゃったことがあった。

 

 

視線を移してみる。

 

たそがれるように、右手で頬杖をついて、

過去のKHK制作番組の映像を観ている、黒柳くん。

 

もうひとりのKHKの3年生は――、

『引き際』のこととか、考えているのやら、いないのやら。

 

 

× × ×

 

「お先に失礼します」と羽田くんが帰っていった。

 

黒柳くんとふたりになったから、存分に『チトセグミ』密着ドキュメンタリーのことが話せる。

話せるのだが、

KHKの活動以外にも……話すことはあって。

高校3年生ならではの話題。

 

「…模試の結果が返ってきたよね」

そうやって、切り出すと、こっちのほうを向き、

「ぼく、現代文が50切っちゃったよ。参っちゃったな」

と苦笑いで言う黒柳くん。

50切った、というのは、もちろん偏差値のこと。

わたしは、彼みたいに、自虐的に苦笑いする気にもなれず、

「――横ばいだった、わたし」

「横ばいって?」

「グラフが横ばいってことだよ。成績が上向いてないってこと」

 

成績が上向かない、と彼に打ち明けた声が、うわずっていたのを、自覚した。

そこはかとない焦燥感。

その焦燥感が、だんだんと実体化していくみたいになるのを、せき止め切れなくて。

勝手に、自分ひとりで、切羽詰まりに詰まっていくわたしは、

苦し紛れに、

捨て台詞で、

 

「――また、立教が、Cだった」

と、余計な情報を開示していく。

 

「……それが、板東さんは、悔しかったの?」

ピントのズレたことばを返す黒柳くん…。

 

悔しくなんかないよ。

悔しいより、もっと由々しきこと。

立教クラスの大学が、受かる・受からないの瀬戸際だってことが、

わたしのメンタルをむしばんでくるの。

 

切実なの。

 

捨て台詞にも……ちゃんと意味はあった。

切実な気持ちが、滲(し)み出ていくような、

「立教がC」だっていう……そんな、リアルな、打ち明け。

 

その打ち明けのニュアンスが、どれだけ黒柳くんには伝わっているのか?

「立教がC」ということばの裏の、悔しさよりももっと、切実な感情。

たぶん……伝わってはいない。

表面上は、投げやりな言いかただったから、

シリアスになんて、受け止めてはいないはず。

シリアスな思いをぶつけ切れなかったわたしも悪い。

悪い、というか、

黒柳くんに、わたしの内心を、さらけ出してみたって、

進路に対する、ヒリヒリとした感情を、彼に吐き出したって、

仕方がない。

仕方がないし、甲斐がない。

 

本格的な進路相談なんて、するつもりない。

彼は、黒柳くんは、KHKの仲間ってだけで、

わたしの赤裸々(せきらら)な部分、デリケートな部分を見せるような、

そんな対象じゃない。

 

わたしと一緒に放送部から離反(りはん)して、KHKで一緒に作業してるだけの、男の子。

 

余計な感情なんか、見せたことなんてないし。

 

夢だって、

そう、夢だって――彼には、隠したまま。

アナウンサーになる、夢だって。

 

もしかしたら、わたしは、

『アナウンサーになりたい』

って彼に言うのが、

家族に言うよりも、ずっと……怖いのかもしれない。

 

わたしのプライベートな領域に、踏み込ませたくないから、

クラブ活動で共同作業しているだけの間柄(あいだがら)でいたいから、

だから、かえって……将来の夢のようなものに気づかれることが……いっそう、怖くなる。

 

さとられたく、ないんだ。

わたしの胸の奥を、さとられたくなくって。

 

彼をよくからかったり、茶化したりするのも、

踏み込まれたくない、反動なのかな…。

そうなのかもしれない。

 

 

…立教C判定発言をしてしまって、からかう余裕も茶化す余裕もない。

そんなわたしの内面を…たぶん認識することもなく、

「立教かー」

軽々(かるがる)とした口ぶりで、黒柳くんは言う。

わたしは黙りこくり続けている。

「立教っていえば――」

何も知らない顔で、

わたしの夢も知らない顔で、

黒柳くんは言ってくる、

「立教卒で、アナウンサーの人、けっこういるよね」

と。

 

黒柳くんに、罪はない。

いまだかつて『アナウンサーになりたい』とわたしが言ったことがなかったからこそ、

『アナウンサー』ということばを、平気で言い出せる。

アナウンサーにまつわる話題を、無邪気に言い出すことができる…。

そんな彼を、

卑怯だとは思わないし、

意固地に自分の夢を包み隠すわたしのほうが、むしろ卑怯かもしれなくって、

 

だから、だから――、

 

痛みを感じるぐらいに、胸の締め付けがキツくなっていって――、

ギュッと息詰まる感覚を、

絶対にさとられたくないから、

わたしは、黒柳くんの顔に、

まったく焦点が合わせられなくなる。

 

 

向かい合っているようで、向かい合っていない。

そんなコミュニケーションしかできないわたしを、

わたしは、死ぬほど呪って、

 

死ぬほど呪うけれど――、

あしたの放課後には、

また、元通りになる。

 

黒柳くんとの、うわべをなぞるような関わりかたが……、

食傷気味なぐらい、ループしていく。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】168センチのメイドさんが見つめる先には、背丈の低い、まるで弟にも見えるような――。

 

平日の15時や16時からお酒が飲めるのも、

大学生の特権か。

 

そう――いましかできないこと。

いまの時期しか。

 

これから、忙しくなっていく前に――、

モラトリアムを、満喫しておきたいよね。

 

× × ×

 

缶ビール3本目。

でも、まだまだ、序盤戦。

 

わたし星崎姫(ほしざき ひめ)が、どこでお酒を飲んでるかというと、

なんと、某自動車メーカーの社長宅。

 

これには、ちゃんとしたワケがあって、

というのも、住み込みメイドさんの蜜柑さんとわたしが仲がよく、

ご厚意で、お宅のリビングに居させてもらえている…そんなワケ。

蜜柑さんがいなかったら、こんな豪邸に来られるはずがないし、

ましてや、リビングで酒盛りみたいなことなんて……。

社長や、その奥様は、そういったことにとっても寛大らしい。

蜜柑さんいわく、である。

 

『自由なんですよ、ウチは』

蜜柑さんはこうも言っていた。

『自由の風が吹いているんです』

そう言って、邸(いえ)の雰囲気を喩(たと)えていた。

 

 

「――自由なら、蜜柑さんも呑んじゃえばいいじゃないですか」

缶ビール3本目をほとんど飲み干して、

傍(かたわ)らの蜜柑さんに呼びかける。

「いいえ。わたしは、どうも悪酔いしてしまうので」

「ゆっくり呑んでいけば……」

「……ゆっくり呑んでも、ヒドいことになることが多いので」

まあ、ねぇ。

わたしより、3段階ぐらいアルコールに弱いと見られる、蜜柑さん。

非の打ち所がない外見とは裏腹の、貴重な弱点である。

 

ところで。

「アカ子ちゃんは、大学ですか?」

「はい。講義を受けておられると思います」

社長令嬢の、アカ子ちゃん。

彼女のことが、もっと知りたくて、

「講義を受けたあとは、どうするんですか?」

「どうするんでしょうねえ」

と微笑む蜜柑さんに、

「『彼』と落ち合ったりするんでは」

と、それとなく、彼女の恋愛模様に関してさぐりを入れていく。

「――かもしれませんね。ハルくんの大学は、お嬢さまの大学から遠いというわけではありませんし」

「もし、ハルくんと落ち合ったとしたら、なにをして過ごすんでしょうか」

「それは、わたしのあずかり知るところではありませんが……」

微笑ましそうな眼で、

「……お嬢さまも……アカ子さんも、『遊びかた』を、いろいろと覚えて行ってるんだとは、思いますよ」

そうかー。

遊びかた。

「蜜柑さんは――」

わたしは踏み込んで訊く、

「そういった経験が、豊富そうですよね」

――彼女は微笑みを崩さずに、

「そういった経験、というのは?」

もう1段階踏み込み、

「男の人とのお付き合い、ってことです」

と答えるわたし。

 

ところでところで、

蜜柑さんとわたしだけが、このフロアにいるわけではなくて、

わたしの親戚で、同じ大学に入った茶々乃(ささの)ちゃんと、

最近わたしがもぐり込み入りびたるようになった音楽鑑賞サークルの、ムラサキくん、

茶々乃ちゃんとムラサキくん――この新1年生コンビを、半ば強引に、このお邸(やしき)に連れてきていた。

 

茶々乃ちゃんとムラサキくんは、向こうのほうで紅茶を飲んでいる。

わたしと蜜柑さんのやり取りは、聞こえていないはず。

だから、蜜柑さんの過去の男性経験を訊くという、大胆な行動にも、出られるわけだが、

わたしから、「男の人とのお付き合いは――」という問いを投げられた蜜柑さんは、

シラフということも相まってか、表情を崩すことなく、

「『ない』と言ったら、大嘘になります。『豊富でない』と言っても、嘘になります」

 

ほおっ。

 

「…やっぱりか。」

「あら、星崎さん、『やっぱりか』っていう認識だったんですか?」

「はい」

正直に答えて、

「モテますよね、蜜柑さんは。だって、蜜柑さんなんだし」

「あはは……」

 

満更でもないご様子だ。

 

きょうの蜜柑さんは、メイド服姿。

いつもメイド服でいるわけではないそうだけど、きょうはわたしに加え、茶々乃ちゃんやムラサキくんも来るからと、メイド服を身にまとって、アフタヌーンティーを振る舞ったりと、本式のおもてなしである。

 

ソファに座りつつ、メイド服の裾(すそ)を整える。

それから、髪をまとめたリボンの位置を調節する。

 

そんな仕草も、見ていて飽きがこない。

 

まっすぐ背筋を伸ばしてソファに腰かけている蜜柑さんの、プロポーションが眩しくって、うらやましい。

 

「蜜柑さん」

「はい」

「蜜柑さんに、『経験』を訊いたのなら……わたしのほうの『経験』も、話さないと、フェアじゃないですよね」

「…ですか?」

「ちゃんと正直に、わたしの『経験』も言いたいんです」

 

酔いは、まわっていなかった。

 

「高校時代、何人(なんにん)と付き合ってたか、とか、正直に…」

「ぶっちゃける必要あるんですか……? ここで」

蜜柑さんの疑問も、ごもっとも、なんだけど、

「この際ですから。密度の濃い、話も……」

 

茶々乃ちゃんかムラサキくんがこっちに近づかないかぎり、大胆な打ち明け話もできる。

わたしと蜜柑さんの仲でもあるんだし。

 

これは、ぶっちゃけ話のできる、貴重な機会――、

そう思って、メイド服の彼女を見つめた。

見つめたんだけども、

運悪く、

ムラサキくんが、遠くの席から立ち上がって、こっちのほうに歩み寄ってくるのを――察知してしまった。

 

ムラサキくんが近くにいては、とうぜん、濃ゆい女子トークも、中断せざるをえない。

 

「茶々乃さんが、紅茶のおかわりが欲しいそうです」

蜜柑さんにそう伝えるムラサキくん。

茶々乃ちゃん――間が悪いね。

 

「わかりました」

蜜柑さんが、立ち上がってしまう。

「必要なら、追加のお菓子もご用意しますが?」

「じゃあ、お菓子もお願いします」

「承知しました」

 

ムラサキくんのほうを向いて、蜜柑さんは承諾。

 

蜜柑さんと、ムラサキくん、

ふたりの、身長差が――眼につく。

だって、

蜜柑さんのほうが――かなり、高いんだもの、身長。

 

ムラサキくん、やっぱり小柄で、細身。

声変わりするかしないかの時期の中学生みたい。

事実、彼の声は、ボーイソプラノに近い。

 

小柄なムラサキくんと、ファッションモデルみたく長身の蜜柑さんが向かい合っているのを見ていると、

妙な面白さがこみ上げてくる。

4本目の缶ビールを飲み干したからかもしれない。

にしても、身長差が、でこぼこ。

157センチたるわたしと身長がそんなに変わんないムラサキくんが――ズルくもある。

思えば、ムラサキくん、茶々乃ちゃんと背くらべして、僅差で敗北したりしてたもんねえ。

168センチの蜜柑さんに、いまは圧倒されちゃってる、そんな感じ。

 

蜜柑さんに上目づかいになるムラサキくん。

ムラサキくんに下目づかいになる蜜柑さん。

 

そんなふたりが、眼に焼き付く。

 

 

× × ×

 

ふたたびソファに戻ってきた蜜柑さん。

腰を下ろす彼女に、

「あそこまでコンパクトな男子の大学生も、そうそういませんよね」

「ええ。……見下ろしちゃってました、わたし」

過去の『経験』のことは、流れたけれど、

わたしは別の踏み込みかたをしてみる。

「――どうですか? 男の子を、見下ろすって」

「えっ――」

「自分より背丈の低い男の子と――真正面に向き合うって。蜜柑さん、168センチもあるなら、そういうことも、ままあるのかもしれませんけど」

 

何も言わない蜜柑さん。

 

「ムラサキくんと、ああやって向き合ってるの眺めてると――、

 ムラサキくんが、蜜柑さんの弟みたいに見えちゃったりもして」

 

「……弟、ですか。」

 

ぽつっ、とつぶやくように、蜜柑さんが言った。

言ったきり、

蜜柑さんは……しばらく無言になった。

 

無言の蜜柑さん。

いったい…どんなことを考え中なんだろう?

…ムラサキくんという存在を、頭のなかで、こねくり回していたりとか。

わたしが、「蜜柑さんの弟みたい」とか言うもんだから。

だから――、そんな思案顔に、なっちゃってるのかなぁ。

 

 

蜜柑さんの、胸の奥が、わからない。

5本目の缶ビールが……空になっていた。

 

 

 

 

【愛の◯◯】チリコンカンと、ブイヤベース。片方でも、両方でもどうぞ

 

昼休み、カフェテリアに行く。

 

きょうも変わらず、『彼』は厨房でフライパンを振るっている。

高校生と言われても違和感のない『彼』の外見。

わたしと同学年なんだもんね。

 

カルボナーラを注文する。

 

――うん。

いつにもまして、完成度が高いや。

美味しい。

さすがだわ、太陽くん。

 

 

食器を返却後、厨房の様子を見に戻る。

学生でごった返し、『彼』――太陽くんも忙しそうにしているなか、

『きょうのカルボナーラは素晴らしかったよ』と、

親指と人差し指で◯(マル)を作って、

それとなく、太陽くんに示す。

太陽くんはわたしの◯(マル)に気づいてくれて、

ニコッ、と笑ってくれる。

 

 

◯(マル)どころじゃないな。

◎(ニジュウマル)だったな、

きょうのカルボナーラ

 

また、負けちゃったか。

 

負けちゃった、というのは、

わたしが作るカルボナーラより、完成度が高かったから。

 

美味しいカルボナーラだったけど、

ちょっと、悔しい。

 

 

× × ×

 

及川太陽(おいかわ たいよう)くん。

わたしと同学年だけど、カフェテリアの従業員。

カフェテリアでの、キャリアはすでに4年。

現場で揉まれて、めきめき腕を上げたというわけだ。

 

太陽くんは、スマホではなくガラケーを使っている。

だから、SNSではなくメールでのやり取りになる。

 

 

3限を受けたあと、邸(いえ)に帰ってきたわたし。

弱く冷房をかけた自室で、ベッドに背をかけて、床座りで、

太陽くん、この時間帯はヒマしてるんじゃないかしら? と思い、

手短なメールを送ってみる。

 

『素晴らしいカルボナーラだったよ、感動。』

という文面のあとで、行間を少しあけて、

『紬子ちゃん、最近来てることある?』

と書く。

 

紬子(つむぎこ)ちゃんがやって来てたら、教えてほしいな――と思いつつ、メールを送信。

 

 

やがてメールが返ってきた。

『来たよあいつ、ごく最近。

 相変わらず、挑発的。

「まだまだ美味しくなる余地があるわ~」とか、わざわざ食べたあとで言ってきやがって。

『小麦粉みたいな名前しやがって!!』とか怒鳴りつけてやりたくなったけど、寸前で自重した。

 そんであいつは、「また来るから待ってらっしゃいよ」って。

 お嬢さまキャラで、毒舌なんだから、たまんねぇよ。』

 

お嬢さまなのは、事実なのである。

古木紬子(ふるき つむぎこ)ちゃん――某レストランチェーンの、ご令嬢。

だから、舌が肥えてるのかしら。

彼女は政治経済学部なのである。

だけど、わざわざ文学部キャンパスのカフェテリアまで乗り込んできて、太陽くんに難癖をつける。

難癖をつけるのは、太陽くんの腕を、認めてるがゆえ――。

それは理解できる。

でも、いくぶん好戦的……。

紬子ちゃんは、アカちゃんから紹介されたんだけど、

なかなかに、厄介な子だ。

 

 

太陽くんのメールを見たあとで、スマホを置く。

 

――ちょうどよく、きょうの夕食当番がわたしなのだ。

 

太陽くんと張り合うみたいだけど、

わたし、張り切ってみちゃおうかな。

お料理。

 

× × ×

 

カルボナーラとかスパゲッティ類を作って、対抗心を燃やすのではなく、

ぜんぜん別種の料理で、太陽くんと勝負する。

 

勝負といっても、打ち負かすとか、そういう気は一切なく。

けれども、昼のカフェテリアで味わったカルボナーラが、

否応(いやおう)なしに、わたしの『負けず嫌い』を触発した。

 

カルボナーラとは違ったアプローチで、太陽くんに対抗してみたい。

 

――スープだな。

スープを、作ってみよう。

『おかずスープ』がトレンドだけど、

まさに、それ一品でおかずになるようなスープ。

 

スープの魅力。

鍋ものとおんなじで、煮込んだものからも、自然と味が出るところ。

スープストックなら、常備してる。

自家製、というか、わたしお手製のスープストックが、何種類か、冷蔵庫に入っている。

大きな大きな冷蔵庫だから、スープストックとか自家製ダレとかが、いっぱい収まるのだ。

そのスープストックが味を決めるのはもちろんだけど、

スープストックだけではなく、野菜・魚介類・肉類――いろんなスープの具材からも、味がしみ出していく。

そこが、やっぱり魅力だ。

 

 

……レシピ本を、いちおうパラパラとめくる。

それから、立ち上がって、冷蔵庫を開けて、入っている食材とにらめっこする。

冷蔵庫のスケールがスケールだから、多彩な食材が入っているんだけど、

わたしは、ウーム、と少し考えて、

作るスープを、決めた。

 

よし、張り切ろう。

さっそく、下準備に入るとしましょう。

 

 

× × ×

 

大作かつ自信作が、ふたつ。

2種類作ったスープ。

ふたつの大鍋からただよう匂いが、香ばしい。

 

 

「きょうはスープか」

ひょっこりとキッチンに現れたアツマくんが、大鍋を眼にして言う。

「ふたつ、あるけど……」

「チリコンカンスープと、ブイヤベース風スープよ」

「どっちかを、選ぶってことか?」

「そうね」

「左が、チリコンカンだよな……いかにも、辛そうな」

「そうね。辛いわね。…最近、夏めいてきたでしょ? 代謝を促進させるには、うってつけ」

「でも辛いんだよな」

「辛いのイヤだったら、ブイヤベース風スープがあるわよ。こっちはあっさりな味付けだから」

「どっちにしようかな…」

「珍しく優柔不断みたくなってるわね」

「…甲乙つけがたいんだよ」

 

そこに、あすかちゃんが。

 

「甲乙つけがたくて、どっちかに選べないんなら、半分ずつ、小さいお皿によそえばいいんじゃないの?」

 

「おー」と同時に納得する、わたしとアツマくん。

 

「や、ハモるみたいに、同時に『おー』って言わなくたって……」

 

「名案だもんな」とアツマくん。

「名案ね」とわたし。

 

照れくさそうになるあすかちゃん。

照れながらも、

「わたしは……チリコンカンとブイヤベース、どっちもいただきます」

と夕飯W(ダブル)スープ宣言。

 

それを聞いたアツマくんが、

「あすかはやっぱり欲張りなんだなあ」

と余計なひとこと。

「欲張りなの……悪い?」

穏やかじゃない表情と口調で、あすかちゃんは兄に張り合う。

「悪くなんかない。

 食い意地は――昔からだろう?」

それは余計すぎるよアツマくん。

火に油、注がないで。

 

――しかし、食い意地を指摘されても、気にすることなく、怒ることなく、

「お皿を出そうね。お兄ちゃん」

あすかちゃんは、アツマくんをそう促す。

出来てるなー、人間が。

愚かな兄とは大違い。

 

「ほらっ、アツマくん、お皿をはやく」

「……」

「い、いつまでもお鍋を見てないの」

「……ミスを犯したな、愛」

「ミス!?」

「作り過ぎだろう、これは」

「そ、それは……張り切ったから」

「だが、きょうの夕食の面々だけで、果たして食べ切れるだろうか」

「……」

「微妙だろっ?」

「――食べ切るのよ」

「ほほぉ~」

「『ほほぉ~』じゃないからっ!!

 アツマくん、あなたが全力で食べ切って」

「無理強(じ)いな」

「無理強いじゃない、アツマくんならきっとできる」

「自信なしの根拠」

「根拠に自信ありよっ!

 だって、だって、アツマくんだって、『欲張り人間』、『食い意地人間』なんじゃない」

「うわ、ヒドっ」

冷めないうちに食べるのよ!!

「…逆らえんなあ」